| | | | | | | * 花に雨、空を歩く * | | | | | | | | | | | | | |
空は重く濁っていた。 アスランは首を擡げそんな灰色の空を見上げ、息を吐いた。 それは思っていたよりも重く深く、溜まっていた淀んだ空気を抜き出してくれたけれど、変な倦怠感ばかりが残る結果に終わった。 ―――気分が晴れない。 別に厭なわけじゃないんだ。そう、云い訳みたいに呟いて、視線を落す。そこにはざらざらと靴底を削る真っ白な砂が拡がっているだけで、それはアスランの気持ちを晴らせてはくれなかった。 もうすぐ、キラが迎えに来るはずだ。 頭上ではどろりと垂れ落ちそうな空がアスランを包み込もうとしてるみたいに、凭れかかっていた。 気持ちが悪くて仕方が無い。世界の総て、空さえ、アスランの邪魔をしているみたいだ。なんて気持ちが悪いんだろう。だけどそれらを吹き飛ばすような力を、生憎アスランは持っていなかった。 ―――本当に。人を殺したり、だれかにとって大切な何かを壊す力はいくらでも揃っているのに、雨雲ひとつ蹴散らす力さえありゃしない。 「……どしたの、アスラン」 そこで待ってろ、と云ったくせに、その場にアスランが居ることにひどく驚いたような顔をしたキラが、いつの間にか数歩離れた場所まで近づいていた。 「何で俺は、人を殺せるのに雨を止められないんだろうと思って」 「そんなのだれにもできないよ」 良いから行こう、と、キラはアスランの腕をぐ、と掴んだ。 「そう、かな……」 「できないよ。ああ、ナチュラルが信仰してる神さまくらいのもんじゃない? それよりさ、アスラン。僕らは全知全能の神でも何でもないんだから、いつまでもこんなとこに居ると濡れるよ」 ほら、と云って、頭上を促す。 つられて空を見上げると、さっき今にも零れそう、と思っていた空が、とうとうその水滴の重さに耐え切れなくなったようだった。 「降り出しそうだ。もう、きみってば、雨が降りそうなら軒下とかで待っててくれても良いのにさ」 律儀にその通りの場所で待ってるんだから。 「だって止められそうな、気が、したんだ、キラ」 どうしてかやけに必死にアスランを空に晒された土の上から連れ出そうとするキラには、その小さな呟きは聞こえていないみたいだった。 ねぇきっと止められる。 世界さえ止めた俺たちになら、雨だってきっと止められるよ。 ほら、ウェザーシステムにハッキングしてさ。ずっと、毎日、俺たちの気分に合わせた天気にするんだ。面倒な屋外の授業がある日は、学校に居る間だけ雨にしてさ。……ああ、そう、そんなことを云って、結構綿密に計画を立てたことがあったじゃないか。結局行動に移すことはなかったけれど。計画を立てること自体が愉しいのだから別に構わないんだけど、アレはなかなか完璧な計画だった。ほんとうに実行していたら、月は大混乱に陥っていたことだろう。ねぇ、俺たちならそれができた。だからさ、キラ。甘いセキュリティに潜ることくらい、キラになら簡単なことだろう? 簡単な、ことだろう? 「なぁ、キラ」 「何、アスラン。……あーあ、この分じゃ当分動けそうも無いね」 「―――そう云えば此処は、地球だったっけな」 「は?」 ぽかんとした顔をして、それ以上を聞いてこようとするキラの追求を振り切るようにして、アスランは駆け出した。 飽和状態の水。一過性なのか、脈絡も無く大量に降りそそいでいる。 あの気持ち悪い空から齎された汚い水で、どうか、俺さえも汚してしまえば良い。 きっと、プラントに降る計算された綺麗な雨は、きっときっと、俺の罪を洗い流してしまうだろう。そうして、ああ、これで綺麗になったと云って、笑うだろう。笑われた俺は、それでも罪悪感の一切れだけそっと遺して、浄化されきった、造られた土の上で、ああ、これで俺もまたプラントの一員だと云って、笑うだろう。 それじゃだめだ。 もっと汚して汚して、ほんのすこしの雨じゃ洗い流せないくらいの傷を。 ああ、だけど、この雨が降りそそぐ限り、俺はここから離れられないのです。 それはまるで断罪のように、 それはまるで追咎のように、 俺とこの汚い空とを、縫いとめるものだから。 |