夜の夢はもう見ない |
「……―――ラン、アスラン。おい」 「う……」 光が。 夜を突き刺して、闇が取り払われて、それで。 夢は一体どこに消え去ったのか。そこまでは、眩い光に視界を遮られて見ることができなかった。けれど夜が消えたわけではないのは確かだと思う。 だって確かに俺は、 「おい、どうした?」 「え……?」 夜ではない。アスランが居たのは、ふたたび救護室だった。 ラスティと格闘しているうちに(その疲れからか)寝入ってしまったらしい。 アスランを揺り起こしたのは、いつの間に戻ってきたのか、イザークだった。けれどすこし、様子が奇妙しいように思う。 「イザーク……?」 「きさま、どうしたんだ」 「なにが……」 「その……腑抜けた顔を何とかしろと云っている」 「え……」 云われてから、頬からぽたりと何かが滑り落ちたことに気付く。 それは無色の染みを真っ白なシーツに描いた。 (泣いて……?) そっと包帯の巻かれていない手で頬に触れる。ぬるりと、濡れた感触がした。 止まらずに溢れ出るそれは、けれど温かい。 「どーしたの、アスラン。哀しい夢でも見た?」 「お前はとっとと退け」 横、と云うか下からも手が伸ばされる。ほんとうにラスティはそのまま潜り込んでいたようだ。 そして今イザークにむりやり引き摺り降ろされようとしている。 そんなふたりを見て、笑うなり呆れるなりしようとして、けれどどうしても止まらない。 何が哀しいのか判らない。いや、もしかしたら嬉しいのかも知れない。どうして泣いているのか判らない。 (哀しい……夢?) 夢……そう、夢だろうか? けれどどんな夢を見たのか思い出そうとすると、それは逃げるように遠退いていく。夜のイメージ。星が瞬いている。たったそれだけが、掴み取れた記憶だった。 けれどその記憶を頼りにその奥まで行こうとすると、しゃくりあげるわけでもなく、ただ淡々と涙が流れる。 そんなアスランを見て、取っ組み合いに発展しかけていたふたりは手を止めて窺うようにアスランを見遣った。 「どうしたんだ、止まらない? あ、手痛い?」 「ち、が……」 「あ、ワリ。無理に喋んなくて良いけどさ。えっと、俺ら……居ない方が、良い?」 「いや……平気だ」 そう云いつつ表情を変えないアスランを見て、イザークとラスティは視線を合わせた。けれど自分たちに思いつく解決法なんて、ひとつしかない。 どちらが先に動くか見定めているようだったが、結局イザークが「あー…」と良く判らない呟きを零して、アスランの頭をぽんぽんとやさしく叩いた。 「なんか……溜めてたもんが噴出したんだろ。そのまま出し切っとけ」 「そうそう。イザークには後でからかわないようにきつーく念を押しとくからサ!」 「おい!」 「照れ隠しとかでつい云っちゃいそーだしね、お前」 自覚があるのか、イザークはラスティの無慈悲なひとことにぐ、っと詰まった。 そして誤魔化すようにアスランを見下ろす。 「と云うか……泣くなら泣くでそれらしい顔をしたらどうだ」 「ほーらー。追い討ちかけない!」 「やかましい!」 返事のないアスランの扱いに困ったのか、ふたりで取っ付き合いをしながらちらちら視線を交わしつつアスランを窺っている。 その様子が想像できて、気を使わせているな、と思ったアスランはふと微笑んだ。視線は巧妙に外す。そうでないときっともっと涙が噴出すような予感があったから。 「大丈夫だ。……哀しいわけじゃない、きっと」 「最後が余計だ」 「まぁ良いけどね」 笑ってるし、というラスティの言葉を聞きつけて、途端、不意に夜の記憶が一瞬だけ甦る。 自分では見たことの無いはずの、自分の微笑み。どう微笑みかければ相手が安心してくれるのか、それが不思議と客観的なイメージで湧き起こる。 だからその通りに、微笑んだ。 きっと、心配してくれているのだろうから。 「悪い、もう大丈夫だ。……イザーク、ラスティ」 「うん?」 「何だ?」 「ありがとう」 イザークとラスティが目を瞠る。 お礼を云ったのは、もしかしたら初めてかも知れなかった。 |
END. |