学園SEED
「……何だコレ」
虚空に飛ばしたアスランの呟きに、答えられる者などひとりも居ない。これだけの人数が揃っていながら。
あーあ……
イマイチ状況を把握しきれないにも関わらず、思わず冷え切った表情で頭の中呟いてしまうほどに、何と云うか凄まじい状況だった。
「ま、兵どもが夢の跡ってね」
「ラスティ、」
今までアスランの真下でテーブルに突っ伏していたとばかり思っていたオレンジ頭が、いつの間にかけろりとした調子でアスランを見上げていた。
ラスティが酒に負けることは滅多に無いし、テンションを周囲に合わせて騒ぐことに関しては天才的だから、潰れたふりをしていて実際はそうでも無い、ということは多いから別に良いんだけど。
良いんだけど。
「……夢、な」
「しかもしっかり滅びちゃってるしね」
確かに。
あまりに的確な喩えに、アスランはいっそ感心さえ覚えて深く頷いた。
しかし、とてもじゃないが笑えない。
だってそうだろう。
何故、いきなり男子寮内でバレンタイン★パーティーなのか。しかも二夜連続だ。
一日目のバレンタインイヴは次の日の決戦に備え決起会、二日目の今日は祝賀会の予定、らしいが。
この様子では、恐らく祝賀会はそのまま残念会へと変更されたのだろう。
そうでなければ、皆ここまでの深酒はしないだろうと思う。思いたい。さすがに。
普段強いと思われている顔ぶれまで、見事に酔いつぶれ床とお友達になっている。
この馬鹿騒ぎの間、実家に帰っていたアスランとしては居なくて心底良かった、と心底思った。普段自分が居ない間に何か愉しいことが行われたとしたら、ちょっと羨ましいくらいは思ったりもするのだが、今回ばかりは。
「でも全員が全員、負けたわけじゃないんだろう?」
「えー? だって今日は義理をもらった奴が勝者なんだぜ? ちなみに、一番の勝者は俺ですけどね!」
ウインクがイタい。
まぁ、ラスティはきっと女子から見て話しやすいからモテるだろうけども。それに、本命もらっていたとしても云い触らさないような気もするし。
だが、それにしても。
「ああ、うん。何か、悪いな」
「何その冷たい反応。不戦敗が偉そうに!」
「ラスティこそ、その絡みは一体」
「一応云っておくけど、裏勝者はイザークだからな? 本命チョコ渡す列ができたのなんか、アイツくらいだ」
「……へぇ」
思わず目が据わってしまった気がするが、ラスティの報復の仕方はいつも良く判らないので早々に判断はできない。
大体、裏って何だ。義理チョコで勝者になれるのなら、イザークは裏ではなく真に勝者ではないのか。
「ま、アイツは受け取らないしさ。結果的に0個だから、裏勝者。全く、ムカつくったらありゃしない」
「……へぇ……」
それはそれでどうなのか。
きっとイザークにチョコを渡そうとした女の子は、ものすごい勇気を振り絞ったのだろうと思うのに。
そんなことをそのまま口にしたら、そのイザーク当人に怒られるような気がするので云えないが。
「あ、ヤッベ悪い。間違った。やっぱイザーク、アイツ0個じゃなかったわ」
「え?」
内容よりもその棒読みっぷりが気になったラスティの台詞に首を傾げると、何ともまぁ、台詞の抑揚の無さの割に表情は随分と愉しそうだ。
「一個だよな、一個。しかも、とびっきりの本命から。あー、やっぱアイツ滅びてくんねーかなぁ」
「……何が云いたいんだよ」
「べっつにー。今日はチョコ身体に塗って、とか莫迦なコトやるカップルが多いんだろうなーとか思って」
「そんなコト本気でやる人は居ないと思うぞ」
「あ、俺のベッドは汚さないでくれよ?」
「……もう突っ込む気も起きないんだが」
と云うか、何だこのしつこさ。
ラスティも本気でやさぐれてるのかも知れないが、とにもかくにもその変な認識は改めていただきたい。
「で、実際どうなの」
「どうって、何も無いけど?」
「ええ?」
「ええって……そんな驚くようなことか?」
「いや、何つーか、うん。そういやアスランはイベントとか興味なさそうだもんな。でも俺は彼氏の方はアニバーサリー男だと踏んだね」
「ああ、確かに無駄に気にしそうではあるよな」
そう云えば、と思い返し素っ気なく返事したアスランに、ラスティは何か思うところがあるらしく、表情を歪め何処か遠くを見ていた。
「何か俺、いっそアイツ可哀想になってきた。良いよ良いよ、今日は部屋使いなさいよ。俺、今夜はどうせこのまま雑魚寝だし」
「いや……変な気は使うなよ。大体、イザークの姿見えないし、俺ももう寝、」
「たまには鋭いことも云うじゃないか」
「う、わ」
何処かから延びてきた腕に身体ごと引っ張られ、そのまま引き摺られる。
直前に聞こえた声にさすがに正体は判っているものの、その台詞の内容から察せられる今後の展開が恐ろしい。
恐ろし過ぎてラスティに縋るように手を伸ばしたのだが、温かい目で見守られるだけの結果に終わった。
必死にあがいてはみるも、どうせこの腕の毅さに敵わない自分を自覚している。
実家に帰ったにしてもすくなすぎる荷物の底。指摘通り、其処に隠された想いの欠片に、アスランは色々な意味で深い溜め息を吐いた。
Happy Valentine…?