学園SEED
眼が眩むほどに全く同じデザインのドアが立ち並ぶ廊下の一番奥から数えて二番目。壁に向かって左側の一枚にだけ、一際目立つカラフルなハイビスカスのステッカーが貼られている。
何を隠そう、其処こそがアスランとラスティの部屋だった。
アンティークチックなデザインの落ち着いた色彩に統一された寮内でやたらと存在を主張するそれはどうやらラスティの趣味によるものらしく、アスランがこの302号室の住人となるべくドアの前に立ったときには既に貼られていた。意図を尋ねても、「いやぁ、南国行きたくね?」としか答えてもらえなかったので良く判らない。これでもうすこし廊下の真ん中辺りの部屋だったとしたら目印にもなって良いと思うのだが、何せほとんど端という判りやすい場所だし、何よりそのステッカーが肝心の表札を隠してしまっている。良いのだろうかと疑問に思うのだが、寮長のミゲルは「最近物騒だからな。表札に名前出さないのも防犯の一種だって云うし」と訳知り顔で頷いていた。だが、ここは寮だ。その必要性はアスランには全く感じられない。
ふと隣の一番端というナイスポジションの部屋に視線を投じれば、メタリックなシルバーのドクロのステッカーが禍々しく貼られている。これもあのラスティ仕業らしいが、301号室は寮長サマ公認の喫煙部屋であるし、住人がイザークとディアッカ、という時点でなんとなくそのチョイスは納得できるものがあった。
ゴシック調の装飾が施されたドアにハードロックなドクロとポップなハイビスカスが並んで浮かぶ様はなかなかに異様だ。だが、その外見の近寄り難さに反してこの2部屋の人の出入りは寮長室よりも激しかった。
アスランは未だ慣れないこのステッカーの違和感に軽く溜め息を吐いて、ハイビスカスの方の取っ手に手を掛けた。そこには短めのレイが掛けられている。芸が細かいと云うかなんと云うか、この部屋に住んでいるということが正直恥ずかしい。
いつの間にか付けられたリゾート部屋という呼び名にしては、中はシンプルすぎるほどにシンプルなのでまだ良いのだが。これで中まで大改造するとラスティが云い出したら、さすがにアスランもラスティとの同室を考え直そうかと思うのだが、そこまでしない辺りラスティも判っているらしい。
ずり落ちたレイを律儀に掛け直しながら、ドアを開く。
その先、ベッドに鎮座するのはラスティかキラか。人の出入りが多いとは云えアスランが居ないときに部屋に居るのは大抵その2人のどちらかだ。それか誰も居ないか。ほぼ3分の1の確率であるのに、ドアを開ける直前のアスランによるひとり賭け遊びはいっそ面白いほどに勝利した試しがなかった。
キラはここに来る途中、通りがかった娯楽室から声が漏れ聞こえた気がする。ならラスティは部屋に居るだろうか、それとも隣か。居てくれると良いなぁ、そう思って彷徨わせた、視線の終着点。其処に居たのは
「……ハズレた……」
ひとりで居たらしいのに偉そうにベッドに座りふんぞり返る、我が恋人サマだった。
「……一言目にソレとは良い度胸だなキサマ。一体どういう意味だ」
おどろおどろしいほどに低い声に、思わず出てしまった台詞とは云えさすがにまずったなと思う。しかも我ながら、すごく残念そうな声を出してしまったような気がする。イザークの機嫌は(元から良いとも思えないが)急降下したことだろう。
「や、ラスティかキラかなと当たりをつけてたから」
「と云っても『ハズレ』とはどういう了見だ」
「だよな……」
悪い、と素直に謝れば反省の色が見られない、と速攻でダメ出しを食らう。だって反省してないし、とはまさか云えないので。
コレ、と手にしていた袋から投げたものを受け取ったイザークの表情が、驚きと呆れに染まるのを認めてどうやら意識を他へ外すことに成功したことを確認し安堵に胸を撫で下ろす。
イザークは手にしたものをまじまじと見つめ、アスランを怪訝そうに見遣った。
「コンビニに行ってたのか?」
「そう。暑いからアイスでも買ってこようかと思って」
「……で、ビール?」
「見てると欲しくなっちゃうんだよ」
「それは良いとしても……なんで買えるんだ?」
「いらなかったか?」
「いや、もらうが」
不可解そうな貌で、それでもプシュ、というプルダブを引く音が小気味良く部屋に響く。イザークが口をつけ、共犯者という関係性が成立したのを確認してからもうひとつを袋から取り出した。
こんなものを持ってる以上、ラスティ辺りの話が判るヤツだけが居ると良いなぁ、と思っていたのでちょっと予定外だったが、まぁ良い。キラよりましだ。
イザークはなんだかんだでアスランには甘いし、暑い日のビールを満喫しているようなのでアルコール云々に関して煩くは云わないだろう。
ただ何故明らかにまだ学生のアスランがコンビニでアルコールを買えるのかと云えば、それは偏にバイトのお兄さんと仲良くなって、という理由に尽きるのだが、そこのところを上手く誤摩化さないと絶対煩い。その辺りの事情を知っていて、更に恩恵に肖っているラスティからはバレたら多分コンビニ禁止令食らうぜ、と警告されている。代わりにイザークが買いに行ってくれるのなら別にアスランとしても構わないのだが、イザークがそんなめんどいことをするはずがない。そしたらさすがに困るので、黙っておく。
(……ま、浮気ってわけじゃないし)
普段は見せない愛想を振り撒きまくってるけど。けれどそのおかげで暑い日にビールを堪能できるわけだし、寧ろ感謝されても良いくらいだ。
ただ突っ込まれたら上手く誤摩化せる自信はないので、早めに話題の転換を試みることにする。
「ラスティは? 俺が出るときはココに居たけど」
「ああ、追い出した」
「……へぇ」
ニヤリと口端を持ち上げて、厭にゆったりと立ち上がり。コトン、とサイドボードに置かれた缶の音は、妙に軽かった。
いつの間にか1本平らげたらしい。今日は暑い日のはずなのに、イザークの一連の行動にアスランは寒気がした。
「朝まで戻るなと云ってある」
「カワイソウに……」
自分の部屋なのに、とつづければ。イザークはサイドボードの傍らから、ラスティのベッドに腰を下ろしていたアスランの隣へ、わざわざ移ってきて座る。肩が触れ合うほどに近い距離に竦ませた身体は、変な寒気の所為と思うことにする。
そんなアスランを見透かすように、イザークはアスランの顔を覗き込んできた。
「可哀想なのはキサマの方かも知れんぞ?」
「あー……、俺今日2日目なんだよな」
「それは大変だ。存分に労ってやろう」
「ぎゃッ」
遠回しに断ってるのに! と喚きつつ、まぁ効果など無いに等しいだろうとは、思ってはいた。のしかかってきた体重に思わず及び腰になれば、更に愉しそうな気配が返る。
どんなサドだ。
「そ、そうだ、鍵ッ! 鍵かけてなかった!」
「そうやって逃げるつもりだろうが。ラスティなら心配しなくても戻って来ないだろうから、大丈夫だ」
「ラスティはそうだろうけど、えっと、キラ……とか……?」
名前を出した途端鋭くなった眼光にしまったと思うけれど。同時に、決して間違ったことを云っているわけじゃないとも思ったので、強気で行こうと決めた矢先、恐ろしい一言を放たれる。
「見せつけてやれ」
「ッバカか!」
思わず強襲から逃げる合間に未だ手にしていたビニール袋に手を突っ込んで、もう1本のビールを投げつける。しかしまんまと受け取られ、しかも素早い動作で栓を開け一気に飲まれた。
酔わせてどうする、俺……
今更気付いても、もう総ては遅過ぎた。
とりあえず鍵だけはさすがに死守させていただいて、力尽きたように腕の中に倒れ込めば。据わったような眼だったのに、そうしてから初めて優しげに和らぐ視線に、ずるい、と呟く。
こうでもしないと甘えてこないくせに、と囁く声は、柔らかい中に掠れた響きを持っていて。これからの行為を予感させるソレに、身体が甘く痺れる。まさか朝までスル気じゃないよな、と胸を掠めた予感には気付かないふりをして、背中に手を伸ばせば。見る度に、ああやっぱり好きなのだと再確認するイザークの表情がアスランを見下ろしていた。