学園SEED
「おはよう」
「……はよ……」
「なん、相変わらず朝弱いのなーアスラン」
ガチャガチャと食器の擦れ合う音の響く朝の食堂は、いわば戦場だ。朝ご飯はゆったり派の人物だって慌てずにはいられないくらいの喧騒っぷりは、入った当初あまりにも慣れることができずに、一種の恐怖の対象として脳にインプットされ、ストレスによるトラウマで行くことができなくなったほどだ。そう云えばそんなわけで毎朝朝食を抜いていたら、イザークにものすごい怒られたこともあったっけ。でも食べないなら食べないでほんとうに平気だったんだけどなと、その説教時は思わず飲み込んだ云い訳を欠伸と一緒に飲み込みながら、アスランは席に付いた。
自由席ではあるが、メンツの変わらない寮では既に指定席のようになっている。特に目立つ人物と一緒に過ごしているのだから尚更だ。誰だって、逆らったら理不尽なペナルティを楽しげに課す寮長サマ本人と、常につるんでいる学園どころか外でも顔の利く仲間の席を奪おうとは思わない。そんなわけで、アスランは食堂の空気こそは今でも慣れないものの、周囲のバリアーのおかげで、比較的穏やかな朝を過ごせている。要は気の持ちようというやつで、ファーストフードでの勉強だって集中してしまえば可能になるのと一緒だとアスランは判断した。
「……またそれだけか」
「胃がまだ寝てるんだよ」
いつもの顔ぶれ、いつもの会話。
マンネリ化してもおかしくない毎朝の日課は、けれどアスランにとってはいつまで経っても新鮮に感じる。それは長年の経験の所為だよな、と思うのだが、それを云うと目の前の人物がこれ以上眉根に皺を寄せるので止めておこう。寝起きと云えど、イザークは馬鹿にできない。アスランからすればなんで朝からそんな考えが巡るんだというくらい、それはもう凄まじい勢いで血を昇らせることが可能なのだ。今まで寝起きから何度と無く怒鳴られた者の経験談なのだから、本気だ。
ただテンションが高いというのは何もイザークに限ったことではなく、寧ろ周囲はそう云った意味ではよほど元気な人物ばかりだった。頭を撫でられたりちょっかいをかけられつつ、段々と意識が覚醒に近付いて行く。
その頃には、トレイに載せられたコーヒーとフルーツ入りのヨーグルトだけじゃ足りないかな、という気もしてくるのだけど、今更取りに戻るのも面倒なので良いかそのままでとあっさり諦める。すると、どこをどう察したのか同じテーブルの誰かによりいつの間にかトレイの上にクロワッサンが増えていた。
「……魔法」
「でもなんでも良いから、とりあえず腹入れとけ」
「魔法で出したものでも、お腹にたまるのか?」
「その気で食べればな」
「ふぅん……」
どうやら今日の魔法使いはイザークだったらしい。基本世話焼きの面々は、毎朝日替わりのように何かしら多めに取ってきてちょうど良い頃合にアスランに与えてくれる。始めからトレイの上がいっぱいすぎると食べる気が全く失せてしまうアスランのことを、全く良く判ってくれている奴等だ。
「で、貴様は全く食べる気がないようだな」
「え、食べるよ?」
「は? ヨーグルト先に食うのか?」
「え、普通そうだろ?」
「……デザートじゃなく?」
「じゃなく」
魔法でパッと現れたクロワッサンそっちのけでヨーグルトに手を付けたアスランに、イザークがすかさず突っ込んでくれた。どうも彼はアスランにちゃんとした朝食を食べさせることに全力を傾けているらしい。毎朝まいあさご苦労なことだ。そしてその点では人のことを云えない周囲の人間は、それまで静観していたポリシーを破って次々と会話に入って来る。
「え、俺デザートは食後に食うもんだとばかり」
「普通そうだよな」
「デザートはそうだよ。でも、ヨーグルトはデザートじゃないし」
「いや、デザートだろ?」
「どこが?」
「どこがって……甘いトコ?」
「砂糖入れれば、だろ?」
「そうだけどさぁ。フルーツ入れてるじゃん」
「これだけで朝食済ませようと思ってたからな」
「じゃあやっぱりパン先に食べれば? なんか人のことなんだけどすっげー気になる」
「でもヨーグルトを食前に食べると、満腹中枢刺激して食べ過ぎないで済むんだよ」
「え、何そのダイエット的知識」
「あ、そう。その特集でやってた」
「お前はダイエット中の女子高生か!」
「つーかお前、そもそも失せさせるほどの食欲がないだろ」
「そうだ、そんなこと気にするより食え。食べ過ぎるほど食べた例なんぞ無いだろうが」
「え、じゃあこの方が胃に優しいんだよ」
「じゃあってなんだよ」
「いかにも今取ってつけました的な」
「ほら。酒だって先に牛乳飲んでおくと粘膜張って酔いにく……い、って云うだろ?」
「一回詰まったな」
「ああ。まるで体験談を、いかにも人から聞きましたってカンジに云い換えたな」
「善良な男子高校生ですから」
「あのな? 善良な男子高校生はな? 朝だろうと寝起きだろうと定食くらい楽勝なんですよ?」
「まさかそんな、俺に善良な男子高校生像を期待してるのか?」
「いやいやいや、云ってることすっかり矛盾してますからね」
「アッスラーン!!」
次々色んな方向から繰り出されるツッコミと云う名の会話に律儀に答えつつ、なんとなく感じ慣れた気配を喧騒の中に感じていたアスランは、抱えていたヨーグルトのボウルをトレイに戻し口の中のものも飲み込みきって、衝撃に備えていた。オカゲで色々と被害を最小限に抑えることができたが、如何せん腰が痛い。良い加減朝の挨拶代わりに背中から奇襲をかけるのは卒業していただきたいものだが、なかなか云うことを聞いてくれる相手ではない。
「……キラ、」
「もう! ひどいよアスラン! 先に行っちゃうんだーもーんー! ちゃんと朝はキスで起こして★って云ったのにさ?」
「いや、俺とお前は部屋どころか階も違うんだがな?」
「へぇ、ツッコミどころはそこなのか」
ヨーグルト論争からパッと興味を切り換えたミゲルがすかさず切り込んでくる。アスランはそれにギロリと一睨み返したが、キラはまるで聞こえてませんというようにアスランの後ろから首に抱き付いて、おんぶお化け状態になっていた。
「あ、今日メロン出てるの? 良いねー、贅沢で。アスラン、あーん」
「……」
せめてもの対抗として、ヨーグルトに浮かぶ中で一番上にあったメロンを避けてその下、一年中食べられますよが謳い文句の缶詰の黄桃なんかスプーンに載せて、あんぐりと開けられた口に近づけてみたがあっさり躱された。こういうときだけ反応の早い奴だ。どんなに振り解こうとしたってがしりと抱きついて離れないくせに。
「もー、イジワル」
「つかキラ、お前重い」
「あ、判るー? 最近筋トレの成果が出てきてくれまして!」
「……悪かったな!」
「何もまるで筋肉ナシのアスランをどうこう云ってないよ。良いじゃん、ない方が可愛くて」
それよりお腹空いたー、とキラはひらりとへばりついていた背中から剥がれて、アスランの一軍から離れて行った。
ほんとうに、こういう時だけ全く切り換えが早い。
「あー……。あの、アスラン?」
「……なんだよ」
「……ロールパンも食うか?」
「食う」
ラスティにより差し出されたパンを引っつかんで上品さの欠片も剥ぎ捨ててかぶりついたアスランに、さてどうやって宥めようかと、キラへの恨み言を募らせる一団だった。