学園SEED


コンコン、ノックの音と同時に開け放たれた扉の向こうから覗く金髪と、同時に紡がれるミゲルの声。
ノックした意味はあるのだろうか、という問いは、ミゲルが寮長になってから3日目で既に諦めた。そもそも点呼チェックのノートとペンを片手に持ったまま、どうやってその神業的な所業を成し遂げているのか。この適当な点呼に慣れた今でも、そのナゾは解けていない。


「ハイ302号室。ラスティー、アスラーン」
「はーい! ラスティいまーす」
「……いやいやいや、ラスティ違うでショ。ホンモノは?」
「えー? 代返頼まれたのに」


にこにこと手を挙げて堂々とニセモノに成り代わったキラと、呆れ顔のミゲルは、いつも同じような遣り取りをしていて飽きないものかと思う。心から。でもふたりとも愉しんでいるだけだということは判るから、蚊帳の外にされたアスランも黙っていた。


「んじゃまぁアスランはマル、っと。相方は?」
「だから僕だってば」
「お前良い加減諦めろっての。アスランが希望出してない限り、部屋替えは認められません」
「アッタマ固いんだからもー。これだからオジサンは」
「云ったなお前? 云ってくれちゃったな?」


それまでドアのところから動かなかったミゲルがずかずかと部屋に入り込んできて、ラスティのベッドの上を陣取ったキラのアタマに飛び掛る。ぐりぐりと拳で押さえつけられながらも笑顔で応戦するキラに、実はマゾなんじゃないかとアスランは思った。


「大体、お前から毎日出される変更願のオカゲで俺は片腹が痛いんだよ」
「ソレ笑ってるってコトじゃん!」
「良くできました。でもコピーに明け暮れる俺の煩わしさも判ってくれ?」
「ゴメンね、ミゲル。じゃあこれから自分でコピって提出することにするよ」
「ハンコが無いと認められません」
「カラコピで!」
「アホか」


延々とつづきそうなこの話題に、アスランは首を傾げて久方ぶりに口を開いた。ミゲルが来る前はキラの爆弾トークに付き合わされていたものだから、実際声を出すのは二時間ぶりという始末。ひとことめ、呼びかけは掠れてふたりに届かなかったようだけれど、構わず咳払いだけして云い直すことはしなかった。


「キラお前、そんなことしてたのか?」
「だーって絶対アスランは僕と同室になってくれると思ったのに! 知らないうちに先輩と同室になっちゃってさー。じゃあ変更願出してよって云っても聞いてくれないし。なら僕が毎日出して寮長の情に訴えようかと」
「お前なぁ」


当然、という素振りで繰り出されるそのキラなりの我が侭は、キラはアスランのほかに云うことは無いと知っている。知っているから、決してアスランは云うことを聞かないのに。
それを判っていないのか、それとも敢えて判らないふりをしているのか。どうせ後者だろうに、キラはそれでも膨れっ面をミゲルの下に曝していた。


「それでミゲルに迷惑かけちゃダメだろ」


それまで居た己の陣地から歩み寄ってポンポンと頭を叩いてやると、キラは表情を崩さないままにちょっと俯いた。情けない顔をしている、とアスランは思う。自分も、キラも。ずっと昔からの距離を測ることは、とても難しい。
ミゲルはそんな様子を見てから、くすりと笑いを漏らした。


「さすがアスランの云うことは聞くのな、キラ」
「……だってアスラン怒るし」
「いや、これ以上は俺も怒るし?」
「ミゲルが怒ろうと僕には関係ないね。調子に乗らないでよ」
「キラッ!」


先輩に向かって何を、とアスランが咎めると、毛を逆立てた獣はしゅんと大人しくなった。
けれどミゲルはキラの態度をものともせず、豪快に笑う。


「いやぁ、良いもん見せてもらった。でもとりあえずアスランの同室はラスティなわけで。アスランがそれで納得してるんだから、キラが出る幕はねぇの。肝心のラスティも絶対部屋替えなんか認めるかって意気込んでるわけだし?」
「どいつもこいつも……」


俯いたまま不穏な台詞を吐くキラを一瞥しながら、ミゲルは仕方無いとばかりの笑みを漏らし、アスランに向き直った。


「んで、ラスティは?」
「どうせ喫煙部屋じゃないか?」
「ナルホド。イザークの機嫌悪そうで怖ぇーなー。つかなんで俺が年下にビビってんだろーなー」


アスランとラスティの部屋の隣、喫煙部屋と名付けられた301号室はイザークとディアッカに宛がわれている。それはイザークとディアッカが望んだことではなく、単に伝統の問題らしかった。でもその部屋割を定めたのが寮長のミゲルだという辺りに策略に近いものを感じる。事実吸っていようといまいと薫るヤニの匂いに、副流煙を嫌うイザークは自分も吸うくせにイラついて芳香剤なぞ置いて無駄な努力を払っているし、ディアッカはこの匂いが落ち着くんだと云って除けた。ちなみにイザークの買い込んで来た芳香剤の類いは経費としてミゲルに申請されている。どちらにしろ大物であることに変わりは無い。どうでも良いが、芳香剤と消臭剤を一緒に置いたら相殺しないか? と常々アスランは思っているのだが、それを口に出したことはない。


「もう良いや面倒くせぇ。次隣行くとして、そしたらさっき相方の居なかった201にもっかい行くか。んで居なかったらペナルティだか」
「じゃ! おやすみアスラン!」


らな覚悟しとけ、とミゲルが云い終える前にびゅんッ、と風を切って部屋を出てったキラに、アスランとミゲルは一瞬顔を合わせて次の瞬間には笑い合った。


「つーか俺への挨拶はナシかよアイツ」
「201で聞けるかもな。今のことがなかったかのような爽やかさで」
「かーッ。可愛くねぇ」


とか云いつつ、ミゲルなりにあの無礼な後輩を気に入っているとアスランは知っている。だから、口端に笑みを滲ませて「お疲れ」と労いの言葉を掛けた。


「お前も苦労するよなぁ」
「昔からだし。ラスティとミゲルには迷惑掛けるけど」
「別に俺もラスティもてきとーに受け流してるから構わねぇけど。問題はイザークだな」
「うえ!?」
「ちゃんと構ってやれよー」


そんじゃな、とウインク付きで颯爽と部屋を出て行くミゲルの背後で、アスランは顔を赤くさせて、ラスティが戻って来るまでの数分間固まったままでいた。