別に、舞い上がっていたつもりは無い。歓びも、また落胆もなく、ただああそうかと納得しただけだった。
ただほんのすこし、不安だけがあったことは認めるけれど。



「ヘリオポリス襲撃ねぇ……」
「今や問題はそこではないだろう」
「そりゃあ、そうだけど」


実戦経験も大して踏まないうちからこの大袈裟な作戦の要を任されるとは、自分たちはよほど期待されているのか、それとも邪魔者扱いされているのか。
どちらにせよ、評議会議員の子息たちで、その上赤を纏うなんて、扱いにくいことだけは間違いあるまい。それに期待をかけるかやっかむかうざがるかは、その人の立場なりポリシーなりによるところではあるが。恐らく半々だろうと当たりをつける。その組み分けが正しいかどうかは大した問題ではなくて、要は期待には答えなければならないし、邪魔者扱いされてるならぎゃふんと云わせるまでであり、単なる喚起と云えばそれまでだ。


「しかしそれにしても、ぎゃふんは古い……」
「なにか云ったか、ラスティ?」
「っしゃ、目にモノ見せてやるぜ! 付き合えよイザーク!」
「………」


ラスティなりに悩んだ末のエールであるのに、その唐突さ加減にイザークは元から細い目を更に細めた。ただそれだけなのに威圧感を感じるそのどぎつい視線に、ラスティは前々から思っていたことではあるが、その絶対零度の視線の威力は意図してやってるに決まっていると思った。中身を知らない連中からは氷の美貌(プッ)と賞されるその容貌を、心酔する者は彼自身無頓着であると信じきっているようだが、ラスティに云わせればあれは絶対にナルシストだ。でなければあんなに毎日髪がサラサラなはずが無い。毎日髪を微妙に立てた形にセットしている自分については、棚に上げることにして。
そのナル当人は、拳を突き上げたポーズのままのラスティを胡散臭そうに見ている。でも視線を外すなり見なかったふりで立ち去るなりしない辺り、今日は機嫌が良いらしい。ここはその機嫌の良さに乗っかってやるのが同期としての優しさってもんだろう。


「俺らの名誉を挽回するチャンスだな!」
「……別に、汚名をそそがれた覚えは無いが」
「それでもひがんできたりする奴はいるじゃん。アカデミーの訓練ですら俺らに適わなかった奴らがさぁ」
「やらせておけ。キャンキャン吼えるしか脳の無い奴らなど」
「ま、そらそーだけど。云われっぱなしなのも腹立たしいわけで。ここらでいっちょ経験値上げとかねーとな。奪取した機体はそのまま俺らが搭乗することになるんだし!」
「……まぁ、やる気があるのは良いことだ」


貴様にしては珍しい、と付け加えたイザークに、ラスティこそお前にしては、と云いたいところだった。いや確かに熱い奴ではあるけれど、と首を捻る。
変なトコ熱くてちょっと常人とは違うところでクールな奴だ。
その判断基準は知らないが、なんとなくの感覚ならここ数年の付き合いで既に慣れた。その勘から弾き出された結論として、イザークは今やる気に満ち溢れているようだとラスティは判断する。
傍目にはいつもと変わらないように見えるけれども、実はそこがミソ。熱くなりすぎず敢えてクールぶって理論でラスティを云い含めようとしている辺りが怪しい。実はその白く統制された身体の中は、軍服の色と同じくらい煮えたぎってるんじゃないのか。
これはひょっとしてひょっとするかもと、ラスティはちょっと鎌をかけてみることにした。


「なぁなぁ、」
「……なんだよ」
「今回はかなり大きな作戦だし、中立国のコロニーとは云っても敵の陣地に乗り込むわけじゃん?」
「……ああ」
「俺たちが失敗するはずは無いけどさ。慢心は怠慢を招くわけだし、油断は禁物。それに成功したら余計、今までみたいにただ宇宙をふよふよしてるだけってわけにもいかなくなるわけじゃん」
「まぁ、そうだが」
「……挨拶くらい、した?」
「なッ、なななな」
「やっぱしたのか……」


唐突且つ、名前を出してもいないのにこの慌てよう。
判りやすい奴だと、ラスティは呆れとは違う意味でため息を漏らした。女性だけで構成されているわけではないファンの奴らに、この慌てふためいた姿を見せてやりたい。どうせファン心理というやつは、都合の悪いところは見ないようにできているので無駄だろうが。彼らはラスティに云わせれば真っ先に“熱い”という印象を、頑なにクールだと信じきっている。まぁ、確かに見た目(だけ)はそーだけどね。
そう云えば、ファンの間ではアスラン・ザラとの婚約はどのように受け止められているのだろう。
正式に発表されているわけでも、また会見もまだではあるが、噂くらいは広まっているだろう。アカデミーどころか以前から親の関係で知り合いだった赤の同期を除いては、ミゲルとか、緑でありながらも実戦で名を上げたクルーゼ隊のエリートとしか交流がないからその辺良く判らない。
……まぁ、本人は作戦を云い渡されて後、速攻で連絡を取っちゃうくらいラブラブらしいですけれども。


「アスラン嬢、なんだって?」
「……ッ、別に俺はアスランだなんて一言も……」
「へぇ、呼び捨てなんだ」
「ッ……! 貴様ぁ!」
「なんでそこで怒るわけ!?」


意味が判らない。いやどうせ照れてるんだろうけど。照れ隠しで拳振り上げるとか、マジ勘弁。


「云っておくが! 作戦に関しては何も! 話してないからな!」
「いや、別にそこは心配して無いって。ただ仲の宜しいようで羨ましいなぁ、と」
「貴様……!」
「いや、落ち着けって。お前判りやすすぎ」
「貴様がしつこいだけだろう!」
「いやぁ、だって興味あるじゃん」
「他にもそんな話は腐るほどあるだろうが!」
「イザークだから面白……興味あるのにー」
「だだ漏れだ、心の声が」


諦めたのかなんなのか、イザークはため息と共に怒らせていた肩を落とした。


「良いじゃん。仲良きことは美しき哉」
「本音は?」
「イザークを堂々とからかえるネタなんて、そうあるもんじゃないっしょ!」


グッ、と親指を立てたら、青筋を立てたイザークにガッと胸倉を捕まれた。


「イザーク、顔近い、顔。美しい顔が台無しよ」
「アイツほどじゃな……」


ハッとしたイザークが、ラスティの首根っこを捕えていた手を離して口を鎖すように当てるも、既に総ては手遅れだった。
ラスティは面白いもんを見つけたとばかりにニヤニヤしてそんなイザークの肩に手を当てる。


「―――アイツって?」


いや、もう判りきってるけどさぁ、とつづけても、イザークは大人しい。
あれ? と思いつつ、背けた顔をむりやり覗くと、心なしか、ちょっと赤くなっていた。


「……仲良きことは美しき哉」
「やかましいッ!」


あやすようにポンポンと肩を叩いた手を強引に――寧ろ無礼なほどに――振り払われたが、厭な気分は無論、しなかった。そんなことをされても面白いだけだ。
でもこれ以上はさすがに可哀想かな、とちょっと思う。可哀想と云うよりは、この線から責めるのもちょっと飽きたと云うか。


「でもマジな話さ、良かったじゃん。決められた婚約者なんて、俺らの年齢なら普通は煩わしいだけだろ。ま、俺はともかく、お前はそんなこと云えない立場ではあるけど」
「……卑屈な奴は嫌いだ」
「現状を冷静に云ってるだけっしょ。間違ってるとは思わないぜ」


イザークは眉根に皺を寄せて黙り込んだ。
彼はプライドは人の倍どころじゃないレベルで高いが、生まれに関して優位に思っているということはない。寧ろ、必ずついてまわる親の名を、若者らしい不謹慎さで煩わしいと思ってさえいたはずだ。特に、こんな社会の中にあっては。
それでも卑屈になることなく、実力だけで周囲を黙らせようとする彼を――そして、必要なときだけ親の権力をフルにつかい、しかし決してそれを自分のものだと思い上がることはしない彼を――ついでに云えばちゃんと親を大事にしている彼を、ラスティは密かに気に入っていた。
ラスティも同じような目で見られはするが、マッケンジーは母の姓なのだし、イザークほど背負うものがあるわけではない。それは卑屈ではなくて、イザークにも云った通り、現状を理解しているだけの話だ。
それでも、こうやって他人の事情まで気にして、しかし自分が口を挟むべきことではないと判断すれば大人しく口を噤むところは、彼の生来の賢さに拠る美徳だろうとラスティは思った。これでただのプライドの高い坊っちゃんだったら、絶対にこうやってプライベートのことまで話してからかったりなんかしていない。
まぁそれはともかく、とイザークの意識を違う方向へと向けさせる。


「詳しくは話してくれないけど、イザークの様子見る限りでは良いコそうじゃん? ま、とりあえず美人なのは確からしいけど」
「……おい」
「別にお前の女関係にまで口出すつもりはないんだけどさ。親に決められた婚約者が厭な女だったら、俺らとしてもなんとなく良い気分はしないわけで」
「……云いたいことは、なんとなく判る。貴様らに心配されるのは気色悪いが」
「ああ大丈夫だ。それは俺らも一緒だから」


にっこりと満面の笑顔つきで返したら、更に気味の悪いような顔をされた。失礼な。


「でも、気に入ってるんだろ? イザークは」
「……別に、」
「照れなくても良いってー!」
「いや、そうじゃなくてな……。別に俺は、どんな人物でも良かったんだ。始めから、そんなもんだろうと思ってたから」
「諦めてたってか?」
「そういうことでもない……。ただ、無理に期待をするわけでもなかったし、もし気に入らないような人物でも、文句を云うつもりもなかった」
「親の顔を立てる意味で?」
「そうなるな。いや、それだけじゃないが」
「ま、気持ちは判らないでもないけど。枯れてると思わねぇ?」
「それでも望まれた相手と結婚して子孫を残す、それが俺たちの義務だろう」
「ヤな星の下に生まれちゃったな」
「別にそうとも思わないが……要は家庭をつくるということが大事なんだから、気に入らなかったり気に入られなかったりしても、俺はこういう仕事で家にはあんまりいられないだろうから大丈夫だろうと」
「意外と冷めた考え方すんな。……いや、意外でもない、か?」
「もしもの場合の話だ。貴様ほどではない」


その、イザークの中で築かれているらしい自分の印象に、しかしラスティは失礼な、とは思わなかった。
それは自覚のあることでもあるし、イザークになら見抜かれていてもおかしくはないからだ。ただ、イザークも同じような考え方をすることにすこし驚いた。イザークは根本的には情が深いから、なんだかんだで家庭は大事にしそうだと思っていた。まぁ、よほど問題のある相手なら誰でもそうなるかとは思うけれど。イザークと婚約を決められるようなお嬢様ならば、甘やかされた我が侭に育っている可能性だってある。そんな女性はイザークは苦手だろうと思った。


「で、とりあえずアスラン嬢はよほど気に入らないってことはなかった、と。そんでお前、本気でそれ以上のことはなんも思ってないわけ?」


今までの様子から、さすがにそれは無いだろうと思いつつラスティは訊ねた。
なんだかんだ云いつつ、引き合わされた相手を、イザークなりに気に入ってはいるだろう。それはある種の理想だと、ラスティは思った。その愛情が穏やかなものであるにせよ、激しいものにせよ。ただ一過性の熱はちょっと危険かも知れない、などと勝手なことを思う。それが壊れないことを願うばかりだ。
何故って、こんなことを云う気も無いし思う自分にもちょっと首を傾げるが、イザークには倖せになってもらいたいから。
イザークだけではなく、ニコルやディアッカや、もちろん自分も。そういうかたちの倖せを、憧れるがままの姿で手に入れることができたら良い。できれば戦争の無い、穏やかな平和の中で。


「いや、だからその……」


歯切れの悪い様子ではありながら、満更でもない様子に、最悪の事態だけは避けられたと思ってラスティは胸を撫で下ろした。
倖せ云々に関してのことは本気だが、それ以上にもし気に喰わない相手だったりしたらイザークが五月蝿くなりそうだと思ったからだ。いやこれはほんとうに本音ってわけじゃないけど。いやでも半分くらいは本音かも。


「良いじゃん良いじゃん! 良いコなんだろ?」
「いや、それなんだが」
「なんだよ? 美人だけど、我が侭だったりとか?」


もしかしたら今までの照れは単に外見に対してのことだったのだろうか。確かにまだ会ってから日は浅いんだし、中身まで深く知ることはできないけれど。それでも第一印象が大事なはずだし、とラスティは内心で首を傾げる。
こんな戸惑っている様子のイザークなんて初めて見た。


「なんと云うか……さっきも云った通り、俺は過度な期待もしてなければ、それを負い目に思うということもなかった」
「どうにでもなれの心境だな。そんで?」
「ああ、それは近いかもな。だから実際会ったとしても歓びも落胆もないだろうと思っていた。もちろん、会ってみたら良いひとでそれからのことに期待をかけるのは良いことだ、くらいには思っていたが」
「ふんふん」
「ただもちろん、不安はあった。ラクス嬢の話をちらりと可能性の段階で聞いたときは、すくなくとも会ったことはあるのだし、底は見えないが穏やかそうではあるし、すんなりと受け入れようと思ったが」
「底は見えないねぇ……そんなん断言するのお前くらいのもんだぜ。……確かだけど。で、その点で云えば確かにアスラン嬢は会ったことも見たこともないわけだもんなぁ」
「ああ。それに、正直、あのパトリック・ザラの娘とくれば、よほどあの血を受け継いで厳格になるか、とことん我が侭になるか、良くも悪くも世間知らずであることに変わりはないだろうと思っていたし―――」
「ははぁ、なるほど確かに。つかぶっちゃけ俺らもそんなん想像してるけど」
「だろう? それがなぁ……」
「なになに? 実際はどうだったん?」
「不安も、今なら認めるが僅かながらにあった期待も、総て斜めから切りつけてそれを粉々に砕くような人物で……」
「は? 粗野ってコト?」
「いや、ある意味お嬢様然とした人物だ」
「じゃあ、大人しすぎる?」
「いや、割と自己主張ははっきりしてると思うが……」
「でも我が侭ではないんだろ?」
「ああ。慎まし……くはないが」
「……訳が判んないんだけど……」
「安心しろ。俺も判らん」


今までの空気が、がらがらと音を立てて崩れ去っていくような気がした。
珍しく真面目な話に花が咲いたかと思ったのに、なんだろうかこの流れは。いや、話の内容としては面白いことに変わりは無いのだが。


「ええと、とりあえずは美人なわけっしょ?」
「顔立ちはな。物腰と性格は、多分可愛い」
「多分て……」


つか真顔で“可愛い”という言葉をイザークの口から聞く日が来るとは、夢にも思わなかった。いや、夢にも見たくなかった。暫くは魘されるかもしれない。


「どういう意味で?」
「あのテンポは会った者でないと判らん……が、敢えて云うなら……」
「云うなら?」
「良い意味でも悪い意味でも、世間知らずではない。深窓のお嬢様というよりは、寧ろ軍でナイフを振り回している方が似合っているかも知れん」
「え、逞しいわけ?」


一瞬、アカデミーの試験でやり合った、もしかして俺より筋肉ついてませんか的なおねーさまを思い出してしまい、ラスティはぶるっと身を凍らせた。


「いや、華奢で、可憐だ」


本気で判らない。
つか、だから真顔で可憐とか云っちゃうの止めてくださいよ頼むから。
もしかしたらこれはノロケられているんだろうか。それにしてはイザークが真顔で、照れている様子も無いが。と云うか、今の話からどうしてイザークが照れる段階に行き着いたのかとか意味不明だしそもそもアスラン・ザラについてが全く判らない。
会ってみたいなぁ、というラスティの呟きは、恐らく普通に考えるよりもはるか遠いところにある意味で落とされた。