休みが取れた。
ものすごい久しぶりな上に、連休だ。連休なんてアカデミーを卒業してから、ザフトに入隊するまでの間以来で、もうとにかく久しぶりの休みだ。
そんなわけなので、何をして過ごせば良いのかも忘れてしまった。激務つづきで、しかもずっと宇宙を彷徨っていたので、何をすれば良いのかも判らない。
うろうろと部屋を彷徨った挙句、ラスティはばふんとベッドに倒れ込んだ。
どうせ宇宙に戻るのだから必要なものも特に無いし、買い物というのも気分が乗らない。流行りの私服くらいは欲しいかなぁ、とのんびり考えたけれど、さぁ一体それをいつ着ようか! と自棄な気分になってしまったので行動に移そうとは思わなかった。
ゆっくり休むもの良い。良いけれど、あまりに毎日が切羽詰っていたので、のんびりしていると逆に不安になってしまう。身体が怠けてしまうのも、戻ったときに問題だ。
家族サービスも良いかなぁ……なんて、家に寄り付かず家族に邪険にされている父親的なことを思ってしまったが、それこそ家族には「久々なんだから身体休めなさい」なんて云われてしまった。
普段効果的に身体を休める方法を実践してるし、まだまだ若いから体力は有り余ってるし、何より鍛えている。それが普通だから全然平気なんだけどね、と云ったら、母親に泣きそうな顔をされてしまったのでそれ以上は何も云えなかった。
かと云って、大人しくしていると気分が腐ってしまいそうだ。
元々がお祭り人間、静かに休日を過ごすのは性に合わない。
戦艦に備え付けられた固いベッドの上で、何度も何度もこの自室の柔らかいベッドを夢想しては忍耐だと耐えてきたけれど、実際に帰ってきてみたらそんなに実感は湧かなかった。寧ろ実用的ではないとさえ思った。
ニコルやディアッカのような趣味もない。
イザークのように会いに行くようなひとも居ない。
彼女ねぇ。なんて思ってちょっと身も心も寒くなった。
そもそもあいつ等が近くに居ないから、バカ話もできない。感傷的になっているわけではなく(そんな俺は怖い)、ただ不思議だなぁ、とだけ思った。
休みの日にまでわざわざプラントで顔を合わせる趣味はないが、いつも一緒だと居ないだけで何か足りない気分にもなるもんだなぁと我ながら気持ちの悪いことを思い、意味も無く身震いのふりなんかしてみて、気を紛らわせた(どうせ見てる人間も居ないのに)。
いつエマージェンシーが鳴るのか気にしなくても良いのに落ち着かないだなんて、なるほど病んでいるのかも知れない。
神経の端から疲れきっているのだろうか。
ただなんとなく、このまま時間を無為に過ごすのだけは勿体無い気がして、とりあえず気分転換と称して出掛けることにした。










「……俺も枯れてんなぁ」


気分転換と思って折角の休みに出掛ける場所が公園ですか。
我ながらその思考の疲れ加減に苦笑しつつ、それでも日当たりの良いベンチを占領して横になってみる。紫外線のない安全な太陽と、爽やかな青空と、それらを遮る緑。人工の自然物に囲まれて、漸く意識は休息を求めた。
折角出てきたんだし、やっぱり適当に買い物するのも良いかもしれない。CDくらいは欲しいし、まずは雑誌を買ってカフェにでも入ろうか。そう思うと腹が減ってくるのだから全く現金だ。
ああそうだ、どうせ給料も使い道なんて無いんだし、連休中の暇つぶし用のゲームでも買ってしまえ。あとは、できれば母親に何か買ってやりたいけど何が良いのかさっぱり判らない。イザークかニコルにでも聞いておけば良かった。この場合ディアッカは除外だ、なんとなく。


「あ、あの……」


困ったときは花かケーキが無難だろうか。でもイザークじゃあるまいし、花屋に素面でなんか入れない。その理論で云えばケーキも一緒だけど。
えー、じゃあどうするよ俺。それともこの気持ちだけで充分でしょうか母上。充分ですよね。


「あの、だ、大丈夫ですか……?」
「え?」


ふと、か細い声が自分に向かって伸びている気がした。
もしやと思い腕で隠していた視線を晒せば、間違いではない証に、見下ろしている人影と目が合う。
考え事をしていて気付かなかったが、意外と近づいている……ような離れているような、微妙な距離だ。声が小さかったから気付かなかった所為もあるのだが、声と同様、態度も非常にびくびくとしていた。
声掛けておきながらその態度ってまた随分とアンバランスだなぁ、と思いながら身体を起こしてまじまじと見てみると、非常に可愛い女の子だった。同年代くらいだろうか。何せコーディネイター、しかも周囲がアレなものだからすっかり美形には慣れていると思い込んでいたけれど、それでも目を引く容姿だった。
なんでしょうかこれはもしや素敵な出会いというやつでしょうか!
思わず不躾な視線を送ってしまったラスティに対し、相手は何か意を決したようにきゅっと口を引き結んだ。


「どこか、具合でも……?」
「え?」
「横になって唸ってらしたので……」
「え! 唸ってた俺!?」
「は、はい……」


なんてことだ。考えに煮詰まったあまり無意識の内に唸ってしまっていたらしい。ちょっと、いや大分恥ずかしい。絶対イザークの所為だ。奴が素面で花屋に突撃する姿なんか想像してしまった所為だ。


「ごめん、考え事してただけだから大丈夫」
「そ、そうなんですか。良かった」
「紛らわしい真似して失礼しました」
「いえ、私こそお邪魔してしまって……」
「そんなことはないよー。暇で暇でしょうがなかっただけだし」
「………」


恥ずかしさを紛らさせようと軽く応酬なんてしてみたが、女の子はちょっと首を傾げて、険しい表情になった。何か問題のある発言をしただろうかと思ったが、そんなセクハラ的なことは云ってない、はずだ。もしかしてナンパっぽかっただろうか。そりゃちょっと、お近づきになりたいなだなんて考えは無きにしも非ずだが。


「失礼ですけど……」
「え、何?」
「……ザフトの方ですか?」
「え……」


唐突な質問に、一瞬フリーズした。
別にここはプラント本国の、しかも治安の良い一角なので危険があるわけではないのだが、急な展開にこの子は何者なんだろうという考えばかりが先行する。あまり喜ばしくはない、軍人の性だ。


「違っていたらすみません」
「い、いや。そうだけど……」
「あ、やっぱり! じゃあ今日は、非番で?」


ラスティの返答に、女の子はぱぁっと明るくなった。
そりゃ市民にとっちゃザフト兵は英雄なのだろうけれど、しかし。


「うん、そう……」
「そうでしたか。お疲れ様です」
「いえ……って云うか、なんで判ったの? え、俺そんな判りやすい?」
「あ、いえすみません、違うんです。ただの勘で……」
「勘、って……」
「なんて云うんでしょうか。雰囲気と、あとは手ですね」
「手?」
「はい」


にこりと頷いた顔は、それまでの脅えた表情と一変、ものすごい可愛かった。
可愛かったが、何と云うか、底が知れない。ザフトの人間に対してなら警戒心を抱かないのも判るけど、こんな可愛い子が一人でふらふら歩いてて、しかも男に声を掛けてしまって良いんだろうか?


「そりゃ、手には職業は出るけどね……。まだ俺、ひよっこだよ?」
「でも判るものですよ。具合が悪そうだったので思わず声を掛けてしまいましたが、隙がなかったので」


何者ですか。
ラスティは思わず相手には悟られないように身構えた。可愛い子相手にこの態度は、自分でもちょっと辛いけれど。


「へ、へぇ。良く判んね。家族とかにザフトの奴が居る……とか?」
「は、はい。えっと、知り合いに……」


もしかしたら、と思い聞いてみると、女の子は真っ赤になって俯いた。
ああ、そういう……。もしかしてもしかしなくても失恋なんでしょうか、コレ。いやでもこの子なんかちょっと、普通じゃないけど。


「そ、それと私もすこし訓練を受けていましたので」
「訓練……?」


その細腕で? と一瞬思ってしまったが、云われてみればなるほど納得は行った。これでもしラスティが暴漢だったとしても、返り討ちにできるだけの実力はあるということだろう。それなら安心だ。……何がなのかは判らなかったが。
ただ、見る者にどこかしら心配を抱かせる子だった。この会話がなかったら、ラスティは自分が心配を掛けたことを棚に上げて、あんまり男に軽々しく声を掛けるなと説教くらいはしてしまったかも知れない。見てて危なっかしい、と云うのだろうか。


「さっきから何となく思ってたけど、もしや結構なお嬢様?」
「え、いえ。そんなことは……」
「そう? あ、俺ラスティ・マッケンジーっての。別に君がお嬢様だからと云って不埒なこと考えて無いから大丈夫だよ」


物腰はお嬢っぽいが、会ったことはない。もしお嬢だったら今までの態度を改めないといけないかも知れない。ラスティは関係ないと思っていても、父の名は必ずついて回るものだ。親権は母にあっても、それでもラスティはザラ派議員の子息としてザフトでは認識されている。
こんな些細な出会いひとつ、疑ってかからなければならないなんて厭な人間になったものだ。暗い気持ちを押し殺して、ラスティは苦笑して相手を見た。
お嬢だったなら名乗れば判るだろうと思ったのだが、相手は目を丸くしてラスティを凝視していた。
この反応は何だろう。


「マッケンジーさん……」
「ラスティで良いよ。同い年くらいみたいだし」
「……クルーゼ隊の?」
「え? 何で……」


反応的に知ってるな、とは思ったけれど。
まずそっちが出るとは思わなかった。そう云えば機関紙に載った……ような気はするが。こんな、訓練を受けるとは云っても軍に関わりのなさそうな子が見てるわけはないと思うし……。


「すみません、不躾に。良くお話を聞くものですから」
「は? 俺の?」
「ええ。それに、クルーゼ隊と云えば有名ですし」
「そりゃあ……そうだろうけど」


クルーゼ隊が有名なのはともかく、世間ではそこの赤服の名前まで知れ渡っているのだろうか。そりゃすごい。もしかして今日サングラスとかつけてくるべきだった? とかアホなことを考えているうちに、女の子はにこにこと爆弾を落としてくれた。


「あ、そうだ。申し遅れました。私、アスラン・ザラと云います」
「ア、スラ……?」
「はい」
「……えええええ?」


アスラン・ザラ。
最近幾度となく聞いた名だ。と云うか、自分で発していた。アスラン・ザラ。ザラと云えば。


「ザラ、国防委員長の……」
「はい、パトリック・ザラは私の父です」
「……てコトは、イザークの……」
「は、はははい……こここ、こんや、婚約者、です……」


決定打。
蒼い髪と対照的な赤い色に肌を染めて、アスラン・ザラご令嬢は首痛くない? ってほどに俯いてしまった。