夢ならよかった
「あれ? なんだろ、騒がしいね」
「あ? ああ、そうだな…?」
昼食を屋上でとって、その帰り道。最後の曲がり角を進み教室に差し掛かった廊下で、スザクが先を見通して首を傾げた。ルルーシュがスザクの視線の先をつられるように見通すと、確かにがやがやと人だかりができている。
「……俺たちの教室だよな」
「だね。また何かイベントかな?」
すぐにその方向に想像が向かってしまうのが哀しくもあり、また虚しくもある。スザクも大分学園のカラーに染まってきてしまったようだ。
良いんだか悪いんだか、と思いつつ、ルルーシュはその可能性について考えを巡らせた。
「放送は何もなかったはずだが……」
ミレイが突発的イベントを開催する際、まず放送室をジャックするのが常だ。ルルーシュとスザクが昼食をとっていたのは屋上で、すぐ近くに校庭用の大音量スピーカーがあるから、聞きそびれたということはない。
だがミレイ以外の生徒会役員は何の因果か同じクラスに集結しているので、全校へ向ける前にクラス内だけで前哨戦ということはあるかも知れない。
「嫌な予感しかしないな…」
「どうする? 逃げる? でも何も判らないのも、後で困るよ」
それはそうだ。ルルーシュも、逃げたい気持ちはいっぱいだがこの時点から逃げようとは思っていない。
―――しかし。
「……逃げ道は確保した上で、こっそり覗いてみるか」
「そうだね。じゃあ、ルルーシュが前に」
「それが良いだろうな」
いくらスザクが、何か人だかりができてる=イベント、という方程式を速攻で導き出すまでにミレイに慣れてしまったとしても、こっそり覗き込んだくらいでそこで何が起きているかを咄嗟に判断するには、ルルーシュほど経験を積んでいないと無理だろう。
ルルーシュが探って、スザクが後ろで逃げ道確保。
役割分担を簡潔に決めると、目立たぬように人だかりに加わった。廊下にできた人だかりは皆教室の中を覗き込んでいるので、ルルーシュもそれに倣い教室の後ろの扉から中を覗き込む。
―――すると。
「ッな!?」
「…ルルーシュ?」
思わず声を上げてしまった。後ろで何やってるんだと云わんばかりにスザクが不満そうに名前を呼んでくるが、それどころではない。
呆然と、目の合った人物を見つめる。
ルルーシュの席のあたりですっくと立ち異彩を放っているのは、ミレイではなかった。なかったけれど。
「あー、ルルーシュ! どこ行ってたんだよ!」
「どこ、って…」
目ざとくルルーシュの姿を見つけたリヴァルに責められるが、どこも何もただの昼食だ。ランチボックスを用意してきたから、学園の外にも出ていないし責められる謂れはない。いや、屋上は一応一般生徒の立ち入り禁止なので大きい声でも云えないが……
未だ呆然と考えの纏まらないルルーシュに、リヴァルが駆け寄ってくる。
「まったく、お前も隅に置けねーなぁ!」
「は?」
「あの美女、ルルーシュに会いに来たって言って、ずっと待ってたんだぜ?」
「何…?」
リヴァルに肘でツンツンつつかれて、逸らしていた意識をまた教室内で佇む人物に合わせる。
何度見ても、あれだ。間違いはないーーーと云いたいところだがないはずがない。
ありえない、と思うのに。
「どうしたのルルーシュ」
「い、いや……」
さすがにおかしいと思ったのだろう、後方で待っていたスザクが、人ごみをかき分けてルルーシュの隣に並んだ。
「お、スザク! いやー、あちらの美人さんがさ? なかなかルルーシュと連絡取れないから来ちゃったんだと。まさか他校にお相手が居たなんてなぁ」
「―――何? どういうことルルーシュ?」
般若の形相でスザクがルルーシュの肩に手を掛ける。
「お、落ち着けスザァァック!」
「落ち着いてるよ。落ち着いてないのは君だよ」
確かに声のトーンだけで云えばそうだが、肩に置かれた手はギリギリと骨を締め付けてくる。痛い。
しかし、ルルーシュが落ち着く必要があるのは確かにそうだろう。
仕方なくルルーシュは、スザクを振り切って妙ににこにこと微笑んでこちらをずっと見つめている人物と改めて視線を合わせた。
いろいろ云いたい。
いっぱい云いたいことがある。
ありすぎて、もうどうしてくれようかと混乱に陥ったルルーシュはただそれだけを口にした。
「……制服は、無理がありすぎませんか?」
「調子乗ってんじゃないわよルルーシュ」
美女(人に云わせるとそうらしい)の口から出た辛辣な言葉にリヴァルがぎょっとしてしんじられないという目をしていたが、ルルーシュはむしろその返答に確信を得た。
いやしかし―――まさか。
「なん、で……生きて……」
「ブリタニアの医療技術の進歩ってすごいわよねぇ」
そう思わない? と訊いてくるけれど。
「いやそういう問題じゃ……」
ルルーシュは確かに見た。このひとの身体から血が噴き出して、血だまりを作っていたのを。
ぴくりとも動かない、薄く開いていた目に、命が宿っていないのを。
その腕の中で、幼いナナリーが愕然と身体を震わせていたのを。
「にしても、あれくらいで私が死ぬと思って音信不通? 貴方、ちょっと薄情過ぎるんじゃないの?」
ふぅ、と片方のてのひらを頬にあててため息をつかれる。
あれくらいも何も、と思ったが、こうして動いて喋っているところを目の当たりにしてしまうと、確かにこのひとにとってはあの程度と云えたのかもしれないと思ってしまう。
幼い自分も思ったのだ。
母上が、あの母上が死ぬはずはないって。ナイトメアフレームと生身で闘っても勝てるようなひとが、って。
「そっ、そうだよルル! 聞いたよ、一方的に全然連絡とらなくなっちゃったんでしょう? だめだよそんなの!」
「シャーリー……」
純情な少女が若干の涙目でルルーシュを嗜める。
何を話したのか知らないが、シャーリーの正義感を刺激してしまったらしい。が、どう連絡を取れと云うのだ。
そんなシャーリーを振り返って、件の人物がにこりと微笑む。
「ありがとう、私のために怒ってくれて。可愛いわね、貴女」
「えっ? いえ、そんな……マリアンヌさんこそ、すごく綺麗で、その私……」
がっつりマリアンヌと名乗っていた。これではもう逃避もできない。
こんなにたくさんの目撃者が居ては、幽霊にすることもできない。
しかしどうすれば良い。
確実に死んだと思っていた人物が、なぜこんな普通に動いて喋っているのだ。しかも何故本国の名門女学院の制服を着ているのか。あれは昔コーネリアが着ていたものだろうか。そして、何故ここに。ルルーシュとナナリーが逃れてきたこの場所に。
(まさ、か……)
「やだ、まだ混乱してるの? 想定外のことが起きたら固まっちゃうのは相変わらずねぇ」
からかうように嘲る口調に、ルルーシュもわずか冷静を取り戻す。
「……何をしに、ここへ?」
すっと深くなる眼差しに、マリアンヌもまた視線を鋭くした。
「……判ってるんじゃなくて?」
「判りたくありませんが、確信を得ないことには話が進まないので」
「お、おいルルーシュ! ここで修羅場はどうかと思うんだよ!」
突然会話に割り込んできたリヴァルに、軽く肩を揺すられる。
「は? 何を云っているんだリヴァル」
「何って、男女の縺れ話ならこんな目立つ場所じゃなくて……」
「縺れ話?」
きょん、と頸を傾げるルルーシュに、リヴァルが怪訝そうな顔をする。
「おい、ルルーシュ?」
「……このひと、ルルーシュの元カノとかじゃないの?」
「―――は!?」
何故か据わった眸でギリギリとルルーシュを見つめるスザクが唐突に会話に入ってきて、ルルーシュの思考が振り切れる。
しかしルルーシュが何かを云う前に、マリアンヌのテンションが上がってしまった。
「あら! そう見える?」
「…え? はい、そうとしか……」
さすがのスザクもマリアンヌのテンションの変化に毒気をわずかに抜かれたらしく、おずおずと頷いた。
「良いわね、そういうのも! ルルーシュと並ぶと恋人にしか見えないなんて! ま、私もまだまだ若いものね〜」
「そういう台詞が出るってこと自体、年齢意識しまくってる証だと思いますよ」
「―――何か云ったかしらルルーシュ」
ゆらり、マリアンヌの豊かな黒髪が舞い上がった気がするのは錯覚だろうか。だが残念ながら、ルルーシュはこの空気に慣れている。それはもう、物心つくかつかないかのうちから耐性があった。
「さっきも云いましたけど、制服は無理があり過ぎます。若作りも良い加減にしてください」
呆れたように首を振りながら淡々と言葉を紡ぐルルーシュに、リヴァル、スザク、シャーリーを筆頭にクラスメイトたちがぎょっとする。
「おっ、おい、ルルーシュ!」
「……珍しいね、フェミニストのルルーシュが……」
「ル、ルルが優しくない……」
「女性の敵よねー」
ねぇ、とシャーリーに詰め寄るマリアンヌを窘めようとしたのだが、怖くて触れられない。触れたら消えてしまうんじゃないかなんて―――
「じゃあ、ルルーシュの恋人ってわけじゃないんですか?」
「え? いえ、そうね。そういうことにしておこうかしら。ねぇルルーシュ」
スザクの質問にそう云ったかと思うと、マリアンヌがするっとルルーシュの腕を組む。
それにどぎまぎしたのは、きちんと温度を感じたからだ。しかし、端から見たらそうではなかったらしく。
「なんだよー、ルルーシュお前照れてんの?」
「いや違っ…怖いだけだ!」
「え? ……やっぱり怒らせるような別れ方したってこと?」
ニヤニヤしているリヴァルに対し、スザクがものすごい形相で変なことを訊いてくる。
「飛躍し過ぎだろうそれは!」
しかもどちらかと云うとルルーシュが怒って然るべきだ。
だがスザクはまだ納得がいかないらしく、しきりに首を傾げている。
「なんかちょっと似てるし…似た者同士で惹かれあったとかありそうだよね」
「あら、私そこまでナルシストじゃないわ」
「……そうですか?」
マリアンヌが憤慨するのにルルーシュがそうだろうか、あんなに自分大好きな人が、という意味で尋ね、マリアンヌがそうよ〜と軽い感じで答えつつルルーシュの腕に縋ってくると、スザクの視線が険しくなる。真面目にスザクに付いていけなかった、が、それどころでもない。
マリアンヌは呑気に、ルルーシュをまじまじと覗き込んでくる。
「他人から見てもやっぱり似てるのねぇ」
「そうらしいですね」
「まったく、本当綺麗になっちゃって、ルルーシュったら。傾国の美貌ってこういうことを云うんだわ、きっと。昔はもっと可愛いって感じだったのにね、今じゃもう、私そっくり!」
「ただの自画自賛ですね」
ふぅ、とため息をつく。
そうだ。このひとはそういうひとだ。
諦めに似た気分でいると、周囲があれ?という空気になった。その時。
「ルルーシュ…!」
「……会長?」
慌てた様子で駆け込んできたのは、それまで姿の見えなかったミレイだった。
みんながすぐに納得したような表情になったのは、ミレイがこんな騒ぎを見逃すはずはないと思ったからだろう。だが違う。ミレイは顔面蒼白で、ルルーシュはむしろ申し訳なかった。
「あ、あのっ」
何を云って良いのかも判らないようだ。鷹揚と構え、滅多に慌てているところを見せない彼女が珍しい。どこか思いつめているようにも見えなくはないので、歩み寄ろうとすると。
「会長、落ち着いてくださ……」
「―――お兄様? あの、何か起きたんですか?」
「ナ、」
ミレイはナナリーの車椅子を全力で押してきたのだということにそこで気付いた。
しかしルルーシュがナナリーを呼ぶ前に、ぱっとルルーシュの横から影が飛び出す。
「あらナナリー!」
凄まじい早業で、もちろんルルーシュが止める暇もなくマリアンヌがナナリーの方へ駆け寄っていく。
「…え? その声……」
「やだもうナナリー、すっかりレディになっちゃって! さすがルルーシュが育てただけはあるわよね〜。ルルーシュの好みそのまんまって感じ!」
「え、っと……」
はぁ、とルルーシュは人知れずため息を吐いた。
スザクだけが、怪訝そうな表情で振り返る。ミレイとナナリーが加わったことで、変な誤解は解けむしろ違う方向に心配をかけてしまったかも知れない。しかしルルーシュはその答えを与えずに、ナナリーをじっと見つめた。
ナナリーはわなわなとくちびるを震わせて、そして確実にマリアンヌがいるところに顔を向け、顔面を蒼白にさせている。―――助けて、やりたいけれど。
「ナナリー?」
混乱を与えている張本人が、何が起きているのか判らないと云わんばかりにきょとんと首を傾げる。
「あ、あの……」
「ええ、なぁに?」
「お、お母様!?」
珍しくナナリーがあげた大声に、しん…と教室が静まり返る。そして。
「「「「「お母様ァ!?」」」」」
「え? あ、あの、え!?」
リヴァルが混乱しきった顔できょろきょろとルルーシュとナナリー、マリアンヌの間を視線を廻らせる。
人を指差すなと云いたい気もしたが、まぁ気持ちは判るな、と他人事のように思った。
「そうよ、私、ルルーシュとナナリーのお母さん!」
マリアンヌが自信ありげに微笑んで頷く。
「えええええええっ!?」
大げさに驚いているのは、やはり生徒会の親交の深いメンバーたちだ。クラスメイトやその他ギャラリーからは、何故か悲鳴も聞こえる。スザクだけはきょとんとして目をしぱしぱさせている。声には出さず、こっそりと「…皇妃?」とくちびるが動いたのを見届けた。そりゃそんな表情にもなるよな、とそっと首肯した。
だが騒ぎの大きさと関係なく、その場で一番混乱しているのはナナリーだと云えた。
「え、あ、あの、どうして……」
可哀想なくらい震えていて、恐怖というわけではなさそうだったがルルーシュもどうにかして落ち着かせてやりたいと思う。思うのに、いろいろ考えは浮かぶのに、上手く身体が動かない。ナナリーに駆け寄って抱きしめてやりたいけれど、そうすべき位置にはマリアンヌが居る。それだけで、動くことができない。
しかしマリアンヌ本人はどこまでも呑気だ。
「もう、ナナリーまで私が死んだと思っちゃったの? まったく、不甲斐ないこどもたち」
はぁ、とマリアンヌが頬に手をあてて呆れたようにため息をつく。そこで、何か張り詰めていたものが抜けて行ってしまったような気がした。
「普通は、マシンガンで蜂の巣にされたら死ぬものなんですよ…」
ルルーシュが疲れたように云った台詞に、ぎょっと他の生徒たちが振り返った。
マリアンヌもゆっくりと振り向いて、にこりと微笑んだ。
「やぁねぇルルーシュ。普通は、でしょう?」
「……そうですね、普通じゃありませんでしたね」
「ま、さすがに私がどうこう、っていうよりは、ブリタニアの医療技術のおかげが大きいんだけどね。シャルルが冷凍保存しといてくれたの」
「あら、お父様が?」
ナナリーがぱっと顔を上げる。きょとんとした表情で、呆然としているようにも思えるので話を判っているのかどうかまでは掴めない。
あくまでもナナリーに注視すべきか、聞きたくない名前が出てきた話をちゃんと聞くべきが迷う。が、冷凍保存て、とルルーシュの意識は少し飛んだ。冷凍保存も何も、即死のように見えたのだが。
「そ。だからその間老けてないのよ。7年間この美貌を保ったまま! そうそう、聞いてナナリー、私ルルーシュの恋人に間違われちゃった!」
「まぁ素敵!」
「そうでしょう?」
「じゃあぜひ私とも、友達親子みたいにしてください」
ちょっと憧れていました、というナナリーの台詞にルルーシュの胸は締め付けられる。しかし、この状況はそのナナリーの望みを叶えてやれることができそうだということにはなるが、ここでほっとして良いのだろうか。
「良いわね、それ。買い物でも行きましょうか。どうせ服もルルーシュの趣味ばっかりでしょう。わっかりやすい趣味してるわよね。せっかく普通に学生してるんだから、もっとカジュアルな服も着なさいな。私が選んであげるわ」
失礼な、と云いたくなった。
ふわふわのナナリーにはふわふわした淡い色のドレス―――いまの身分を考えればせめてワンピースが似合うに決まっている。しかしマリアンヌの云うことも判らなくはない。確かに中学生というナナリーの年齢を考えれば、カジュアルな服装も気軽に着ることができて良いのかも知れない。だが、アッシュフォードの学生は貴族の子女が多いので、私服でもあまり量産品を着るような子はおらず、ナナリーにも良い服を着せてあげたかっただけなのに。―――やはり、母親は強い。
「お兄様の選んでくださった服って、とっても評判が良いんですよ。肌触りも良くて、触るだけでも可愛いって判ります。だから不満はありませんけど、お母様とお買い物は行ってみたい……です」
最後だけ、彼女なりのわがままを云うことを恥ずかしそうにうつむいたナナリーに、俺のナナリー、やはり天使…! と拝みたくなった。が、さすがにやめておいた。やりすぎだという自覚もそれなりにあったし、何よりも盛り上がったマリアンヌの続く台詞が耳に入ったからだ。
「そうね、私も長いことブランクあるから色々欲しいし〜。シャルルにツケで思う存分買い物しちゃいましょ!」
「まぁ、お買い物し放題ですね!」
ナナリー、順応が早すぎないか…とルルーシュが手を彷徨わせる。まぁ、あの男の金を使うのは全くもって構わないが。
だが現実を受け止められきれないわりに、いろいろと思い出してくる。
「葬儀までしたのに……」
こんなことって。
ぼそりと呟いたせりふに、マリアンヌがしっかり反応した。
「だってテロリストがうちに侵入してきて銃撃戦よ? 狙いが私だったのかルルーシュだったのかは判らないけど、実際に撃たれちゃったからそのまま死んだように見せかけておいた方が良かったのよ。実際にあのとき私、助かるか判らなかったし」
「俺には即死に見えましたが。あのときの棺は……」
「空っぽだったんじゃない?」
「そうですか…」
「もうルルーシュったら早とちりしちゃって。シャルルんとこ直談判に行ったんですって? それで人質にされて日本に送られてちゃ世話ないわよね!」
「まったくですね。余計な会話をしました」
親子の会話に周囲がぽかんとしている。だがもう今更下手なフォローをする気は起きなかった。
スザクだけが呑気にふんふんと頷いている。
「ルルーシュのお母さんだったのか。確かに似てるとは思ったけど、お姉さんは違うはずだし、若いからまさかお母さんとは思わなかったよ」
「あら、良いこと云う貴方は枢木スザクね。私、知ってるわ!」
「え? あ、どうも。息子さんと仲良くさせていただいています。あ、娘さんとも」
なんでナナリーがついでなんだ、とルルーシュは眉を寄せた。
「そうみたいね。さっきの私を見る目、良い感じに殺気がこもってて良かったわよ!」
「ああ、すみません。ルルーシュを誑かす女性かと思ったらつい…」
何故かスザクが照れたようにはにかむ。
「若いわねぇ。ま、でも、貴方みたいのならルルーシュを任せても良いかも」
「本当ですか!? 息子さんをください、ってお願いしても!?」
「それは私じゃなくてシャルルに」
「ええー……」
ルルーシュとスザクは同じ表情で顔を歪めたが、その理由とベクトルは全く違った。
「貴方の家にうちの子たちがお世話になったのも事実だしね」
「そんな、うちは何も……」
「でも幼子ふたり預かるってすごい労力よ。シャルルったらほとんど押し付けたみたいな感じだったみたいだから、御礼はしないとと思ってたの」
まともに母親みたいな台詞を聞いて(いや母親だが)、ルルーシュはぱちくりと瞬きをした。しかしそれに対するスザクの返答に力が抜けてしまう。
「じゃあその御礼にルルーシュを、」
「なかなかやり手ねー、貴方。でもその交渉はシャルルにね」
「ええー……」
やっぱりルルーシュとスザクは同じ表情で顔を歪めたが、その理由とベクトルは全く違った。
「貴方のほうがこっちに来るなら任せても良いかなって、私は思ってるけどね〜」
「……お義母さん!!」
スザクがきっちり腰を90度に折ってお辞儀をする。あっ、いや、これじゃ足りない! と云いだして土下座をしそうな勢いだったので、ルルーシュは必死に止めた。
「スザクスザク、頼むから落ち着いてくれ」
「だって君のお母さんに直接ご挨拶できるなんて思ってなかったから僕嬉しくて!」
「なんとも輝かしい笑顔だな……」
「墓前にすべきかなと思ってたけど、本国だから難しいし。父親は君、嫌だって云うじゃないか」
「当たり前だ!」
無理だし、そもそも必要ない!
喚くルルーシュの腕を、つんつん、とつつく感触がある。振り返ると、シャーリーだった。
「ル、ルル、ご両親亡くなったって云ってたけど……。お母様は無事だったみたいだから、お父様も?」
生きてるんじゃない? と、スザクとルルーシュの会話に首を大いに傾げながらも、シャーリーなりに励ましているつもりなのだろうな、という空気は判った。
「……いや、あれは死んだようなものだよシャーリー。俺に父親は居ないんだ。気にしないでくれ」
父親との関係がとても良好そうなシャーリーには理解のできないことかもしれないが……と思っていると、どこかから呆れたようなため息を大げさに吐かれる。
「反抗期ってやぁね。あんなにカッコ良いのに」
「「「…………」」」
黙り込んだのはルルーシュ、スザク、ミレイの3名だ。
話が判ったのは当然、あとナナリーだけだが、ナナリーはきょとんとしている。
「お父様は今でも素敵ですか?」
「もっちろんよナナリー! 渋くなって良い感じ」
「でもお兄様は、いつもロールケーキのまま変わらないって」
「あー、あの髪はねー。でもあの髪も、ルルーシュのせいでああなったのよ?」
「「「えっ…!?」」」
今度はさすがに、スザクとミレイだけではなくナナリーまで絶句した。
その後もずっと誰も口を開かず、物言わぬ視線を感じるので、ルルーシュも認めざるを得なくなる。
「……長すぎて鬱陶しいから、切るなり纏めるなりしたら良いのにって云っただけじゃないですか……」
「シャルルはルルーシュに云われたらその通りにしちゃうんだから。アドバイスをもらったってうっきうきよ? 自分の発言には責任を持ちなさい」
「いくら何でもああなるとは誰も思いませんよ……」
視線を逸らし逸らし答えるが、自分が悪いとは露ほども思っていない。
「アレ、ルルーシュが戦犯だったのか……」
「重罪過ぎるわルルちゃん……」
「戦犯云うな! 不可抗力だ!」
まとめたほうがかっこいいのではないかと、一つ縛りにしてまとめ上げていたりオールバックにしている貴族を見てのこどもらしいちょっとした意見だったのに。
「てかアレって、地毛なの?」
「そのはずだが」
話に付いていけずきょとんとしている周囲の学生を置いてけぼりに、ミレイとスザクは必死に笑いを堪え腹筋を抑えている。
「毎朝セットに2時間はかかるはずだ。……いや、寝る前からカーラーを巻いてるんだったかな? 大変そうだから、そこは俺が助言したんだ、確か」
もう他の髪型でとか云う雰囲気ではなかったし、あの暴走と髪結い係の疲労を止められそうになかったから、と思い出す。
「カーラーもあれだけの大きさだからな、特注だ。寝にくそうだよな……どういう寝相なんだろう」
うつぶせ? と考えたくもない相手のことだがちょっと気になってしまい首を傾げていると。
「もうやめて……やめてルルーシュ!」
「なんだかんだでばっちり戦犯じゃないの……」
スザクとミレイが悲鳴を上げる。笑いを堪えているのは、マリアンヌの存在に気を使ってでもいるのだろうか。気にすることないのに。
それにしても、まさか、戦犯と云うならわざわざあのロールバッハをセレクトした奴だろう、と云っていると、ナナリーがそう云えば……と云う。
「私がもっと小さい頃、確かにお父様の髪はすごく長いサラサラのストレートで、風が吹くと舞い散って面白かったので絡ませたり引っ張ったりして遊んでいた記憶はありますが……」
「それは何気にナナリーもすごい」
「ナナちゃんは結構おてんばさんだったものねぇ。……いやでも確かにすごいわ。ルルちゃん止めなかったの?」
スザクが妙に感心したように頷き、ミレイも納得したようだったのに首を傾げてルルーシュを見る。
「あの男も、やけにうれしそうだったので別に良いかな、と」
だからこそ、あの頃は父に可愛がられているーーー少なくとも、ナナリーだけでも、と思っていたのだったな、と遠い目をして思い出していると、マリアンヌが不満そうに会話に入ってくる。
「やだ、父親に向かってそんな呼び方止めなさい。父上とか父さんとかパパと「絶対嫌です」
「……仕方ないわね。でもいくら思春期の高校生とは云え、息子が父親に対してそんな態度じゃ、外聞が悪いわぁ」
「どうしたんですかそんなの気にしないくせに」
「私の育て方が悪いみたいじゃない」
「育てられた覚えはほとんどありませんが」
「他の皇妃に嫌味云われるのは勘弁だし〜」
「何か云われたらガニメデ持ち出して脅すか、有無を云わさずぶちのめすくせに」
「それでも、私のことは普通に母と呼ぶんだから、ルルーシュ、」
「……何ですか」
「父と認めたくなくても、せめて皇帝とか陛下って呼びなさいよ」
「……………………確信犯でしょう母さん………………」
自分もついうっかり、皇妃だのガニメデだの不穏な単語を流してしまったが。
なんのこと? と舌を出すマリアンヌに一拍遅れて、理解が至った生徒たちによる校舎を揺るがすほどの大絶叫が響いた。