悪魔とラストダンス
帰り道。突然、スザクが「一緒の大学に行きたいね」なんて云うものだから。
ルルーシュは胸の奥で騒ぎたてるものを抑えつけながら、
お前の学力で…?
と答えるのが精一杯だった。
「うっ…でもほら、スポーツ系の学部とかさ。それなら、推薦で入れる自信あるよ!」
「まぁ、お前は体力莫迦だからな……。真面目に授業も受けているし、テストはまぁ……そこそこの成績は維持している。指定校推薦の枠もとれるかも知れない」
「完璧なヤマをはって、的確な指示をくれるルルーシュ先生には、いつもお世話になってます!」
スザクが綺麗なお辞儀をした。そう、試合の際、対戦者同士でするもののような。
「ん、判っているなら宜しい。―――だが知っているか?」
「え? 何を?」
「大抵の大学のスポーツ学部は、本キャンパスから結構離れたところにあるものだってことを」
「えっ…?」
ルルーシュがそう冷静に指摘すると、スザクの顔が面白いほどに青くなった。
「いや、でも……。あっ! そうだ!」
しかしすぐに何かを思いついたように、古典的に拳で片方のてのひらを打つと、隣を歩いていたルルーシュににっこにこして提案をしてくる。
「ルルーシュも、僕と同じ学部に入れば良いんじゃないかな!?」
さも名案を思いつきました、という輝かしい顔で、こちらを見てくるものだから。
「莫迦か。そうだ忘れていた、莫迦なんだったな。お前はむかしから無茶をしでかす、とんでもない莫迦だった」
「そんなバカバカ連呼しなくても……まぁ確かに、ルルーシュにそれは色んな意味で無理だろうけどさ」
「……聞かずにおいてやろう」
「体力ないから、運動神経は悪くないのにすぐバテちゃうし、そもそも興味ないもんね!」
「聞く気はないって云ってるのに、勝手に喋り出すな」
「じゃあルルーシュ、マネージャーは?」
「は? 莫迦か。部活動じゃあるまいし、そんなものが学部に居るか」
「ええー……。あ、でも僕、大学入ったら、たぶんサークルじゃなくて部活の方に入ると思うから。そしたら、マネージャーやってよ」
「御免こうむる」
「何でさ」
「お前のなら慣れてるからともかく、なぜ筋骨隆々の男らに囲まれて、汗くさいユニフォームの洗濯などしなくてはならない」
そっかぁ、と返事をしたスザクはなぜか嬉しそうだ。
ルルーシュは暴言を吐いたつもりだったので、スザクのその反応には拍子抜けした。
「じゃあルルーシュは、どこの学部入るつもりなの? やっぱり医学部?」
「……やっぱりって何だ」
「だって頭良いし、ナナリーのことを治してあげたいって気持ちがあるとかさ」
「ナナリーにはもう名医がついてくれていて、実際の経過も良い。俺が卒業して研修医の期間を終えるまで待たせる方が良くないだろう」
「……なるほど」
「それに医者になるのに、頭の良し悪しは関係ない。あれは、性格的に向き不向きの問題だな」
「なんか、判る気はするけど。じゃあ、どこに入るの?」
どこに、ねぇ……と思いながら、想いを馳せる。
「政経、法学、商学、理工、経営学、文学……」
「文学はないね」
「妙にきっぱり云うな」
「だって何か、似合わない。良く本は読んでるけど、難しそうなのばっかりで、小説とかじゃないだろ? 現代文のテストの問題だって、作者が何を考えているかっていうより、教師がどう答えさせたいかを推理して答えるくせに」
む、とルルーシュは口を尖らせる。……間違ってはいないが。
「政経とか経営も、向いてはいそうだけど今更、って感じ」
「……そのまま行くと、お前が俺の進路を決めてしまいそうだな」
そう云うと、スザクがああそうか、そうだねと笑った。それも良いけど、と云うので、それこそ莫迦かと突っ込んでおいた。
「そうは云っても、ルルーシュははっきり決めてないみたいだし。やりたいこととかないの?」
「やりたい、こと」
どうだろう、とルルーシュはスザクから視線を離し、空を見上げた。
晴れ渡った、夏の空。
だけど雲はすこしずつ秋を彷彿とさせるものが増えるようになってきた。夏真っ盛りの頃よりも、肌寒く感じる日も混じるようになってきた。
秋になるな、とルルーシュは思った。―――もう、秋だ。
ルルーシュはともかく、スザクは高三のこの時期に今更進路について考え始めるのは遅すぎないか、と思う。
スザクからすれば部活を引退して時間ができたから、考える余裕ができたとも云えるけども。
でも本気で志望している大学を目指す者たちは、夏のあいだ、夏期講習でそれ相応の実力をつけているべく奮闘していたことだろう。
「ないの? やりたいこと」
スザクが能天気に、頭の後ろで鞄を持ったままの手を組んでいる。
勉強しなきゃなぁ、という台詞などスザクから聞いたことはないし、焦った様子などもちろんない。そもそも、大学に進む気があったのかと驚いたくらいだ。いや、世間体と云うか……スザクの家柄から云うと、高卒で就職はありえないとしても。スザクがこれ以上勉強漬けになることは嫌がりそうな気がした。だがだからと云って、卒業するまでが楽そうなところを勧めるのもどうなのか。
本気で推薦で入る気ならそれで良いだろうが、まさか受験勉強まで俺を頼るつもりじゃあるまいな、とルルーシュは呆れた。
「―――そうだな。心理学か哲学でもやるかな」
「…え!?」
「……なんだ、その驚きようは」
「だって、一番意外なの来たからさ。……あ、違うな。スポーツ系が一番ありえないから、二番目かな?」
そもそもスポーツ系を推してきたのはお前だろうと思ったが、また話を蒸し返されても困るので黙っておく。
「別に、良いじゃないか。やりたいことはないかと聞いてきたのはお前だぞ。その答えに、お前が干渉する権利はない」
「それは……そうなんだけどさ」
スザクは若干しょんぼりしたように肩を落とした。
「……ルルーシュ、悩みでもあるの?」
「は?」
「心理学とか、哲学とかって……自分の考えを滅多に譲らないルルーシュが、他の人間の考え? みたいなの? を研究するとか、云い出すとは思わなかったから。そういう学部だろう?」
ただのイメージで話されるのもどうかと思うが、まぁ判らなくもない、と、スザクの洞察力――と云うよりは、単なる動物的勘だろうか――に、確かにと自分でも頷く。
―――しかし。
「それで、何故悩みがあるってことになるんだ?」
「んー……悩みって云うか、突きつめて考えたいことでもあるのかなって。答えの出ない問答を繰り返してる、みたいな」
「……俺は今、初めてお前の台詞から詩的なものを感じて感動しているよ……」
「茶化さないでよ、ルルーシュ。僕は表情が気になっただけなんだから」
「―――は? 表情?」
そう、とスザクが頷く。
「何て云うのかなぁ、諦めてるみたいな。ルルーシュならどこの大学にだって入れるし、どこの学部でだって良い成績叩き出せるだろうに」
「否定はしないが」
ルルーシュのきっぱりした答えに、スザクがあはは、と笑う。
「そうだね、確かに。何でもできちゃうから、逆にやりたいことが見つからないのかも知れないね」
そうかな。そうかも知れないな、とルルーシュは答えを返した。
大学進学のことなんて考えたのなんて、初めてだ。
スザクの云う通り、その気になればどこへだって行けると思っていたから目標など元々なかった。それに、それが本格的にない未来なのだと確信したから……―――
「―――夢を見たんだ、スザク」
「…は? 夢?」
「そう」
「大学生活とかの?」
そうだ、とも、そうじゃない、とも答えずにただ微笑んだ。
遠い遠い過去の夢と、ありえない未来の夢を交互に見続けている。
ルルーシュが気にするような夢って何だろうと楽しそうに考えるスザクに複雑な気持ちになって、もう一度、空を見上げる。
あの日のように、また良く晴れた日だと良い。そう思って、ちょっとだけ笑った。
夏休みが明けて、数日。もう何日もない。
ルルーシュに定められた運命、何代代わろうとも、課せられ続ける罪の贖い、
―――ルルーシュの命の灯が消える、鎮魂歌の鳴る9月28日までは、あとすこし。