誓って云うが、ルルーシュはナナリーの目と足が不自由だったからナナリーを慈しみ、愛し、大事にしていたわけではない。
ナナリーはルルーシュの妹であり、だがそれ以上に唯一無二であり、ルルーシュはナナリーがナナリーだからこそ愛した。そこに理由は要らなかった。ナナリーの総てがルルーシュに愛されるために在った。
もちろん母の事件の所為で拍車がかかったということは否定できないが、あんなことのある前からルルーシュの第一はナナリーで、元気に走り回るナナリーをいつだって気に掛けていた。
一歩離宮から足を踏み出せば冷たくルルーシュをはじき出そうとする世界で、同じ血を持ったナナリー。ルルーシュと同じ血が流れているはずなのに、ルルーシュとは違い温かいナナリー。ルルーシュに笑いかけてくれるナナリー。ルルーシュが愛した分だけ愛を返してくれるナナリー。
大事だった。愛していた。何よりも愛していた。他のどんなものでも引き換えにして大切に大切に慈しんだ。世界の中で綺麗なものはナナリーだけで良かった。
そう、だからルルーシュがナナリーを想う気持ちに、身体のハンディーは何ら影響を及ぼさない。仮令ナナリーが五体満足だったとして、今ほどは構わないということはあるかも知れないが、それでも慈しむ気持ちに変わりはない。
そう思っていた。そうあるべきだと思っていたし、実際にそうであるはずだった。
なのに――――
コキュートスに眠る
「……まるで世捨て人だよ、ルルーシュ」
王宮でも隅の隅、アリエスの離宮の中でも更に奥に配置された四阿でひとり足を投げ出して風に吹かれていると、折角のひとりの時間を邪魔する声がルルーシュの思考を遮った。
「何故ユーフェミアの騎士がこんなところまで入れるんだ」
「何か奇妙しいの? 普通に通してくれたけど」
きょとん、とするスザクを見て、ルルーシュは深く重いため息を吐いた。これは使用人にきつく云い聞かせるべきだろうか。だが、正直自分で選定したわけでもない信用できない人間に云ったところでどうなることやら。それに、スザクのこの笑顔の前には総てが無駄な気がした。
実際に、ルルーシュ自身も云いたいことはいろいろと頭を駆け巡ったものの、何一つ声に出すことはしなかった。説教は見込みがあるからこそするものだ。無駄な労力を使うことはしたくない。
普通は皇族の兄弟なんて蹴落とし合うのが普通のはずで、だから同じ母を持つ兄弟でさえ睨み合うこともあって、料理に毒は最初から入っているものだし、深い睡眠は死を覚悟するのと同じことだし、そのベッドには一体いくつの毒針が仕込まれているのか判ったもんじゃないし、王宮を歩くならば常に上から何か降ってこないか下から躓くように足でも出されないか注意しなければならないし、命なんて幾つ在っても足りない。
そして騎士は忠誠の誓いを果たした皇族には絶対服従であることはもちろんだが、自分の出世も夢見るのが当然のはずで、だから実際の騎士の仕事は主を守ることよりも、より上の地位へと押し上げることの方が重視される。つまりそれは己の主のために他の皇族を蹴落とすというわけで……
と、云うようなことをスザクに云ってみたところで、「ユフィはそんなことしないよ」 挙句の果てには 「もしかして君、あんな素晴らしい方を疑うのかい?」とかなんとか云って逆ギレされるに決まっている。キレたスザクは始末に負えない。だから黙っている。
ホントに変わったな、とルルーシュは思う。口調とか物腰とかそういうことではない。スザクは他人に仕えることを良しとする人間だとは思わなかった。良い意味でも悪い意味でも自分本位で、世界の戒律さえ蹴散らして己の信念だけで尊敬できる人とそうでない人で区別していたように思う。そして、ユーフェミアのようなタイプがスザクの中で“尊敬できる人”にカテゴライズされたことが何よりも意外だった。
だがもう済んだことだし、まぁふたりにはふたりにしか判らないことがあるんだろう、と思っておく。そしてルルーシュとスザクが判り合えないことも今更だ。根本的な考えではいつも行き違っていた。
そんなことを考え遠い目をしていたルルーシュを、スザクは怪訝そうな表情で見遣っていた。
「聞いてる? ルルーシュ」
「聞いてない」
非常にどうでも良いことだが、ユフィのことはちゃんと外では殿下と呼ぶくせに、ルルーシュのことはルルーシュのままで、しかも敬語も使わない。当然、周囲からは無言の圧力がかかるが、そんなものに気付くスザクなんてスザクではない。一度シュナイゼルにだけは、はっきりきっぱり厭味ったらしく注意されたらしく、以来一応気をつけるようにしてはいるようだが。
慣れ親しんでしまった過去と、それを赦した今がそうさせるのだは判っているのだが、如何せんそれは騎士の教育という面でユーフェミアの責任となり、更に云えばユーフェミアがルルーシュに対しそのように扱うことを赦す対象である、ということを意味するのだが、その辺判っているのだろうか。判っていてやってるならすごい。いっそこのこと却って仲良くなりたいと思う。
何にしてもスザクにはそんなことは関係ないのだろう。ああ、だとしたらもしかしたらスザクは全然変わってなどいないのだろうか。
まぁ、今となってはどうでも良いことだ。今更気にするなんて馬鹿げている。
ルルーシュは今一度ため息を吐いて、スザクを見上げた。
「で、何の用だ?」
「用がなきゃ来ちゃいけないの?」
「当たり前だろう」
「え、そうなの?」
「何故そこで驚くのかが逆に驚きだ、俺は」
「いや、そりゃあ立場から云ったらそうなんだろうけど……でも、ルルーシュは赦してくれるかと思った」
「なんだそれは。まぁ、俺はお前から見ても皇族として敬意を払う必要性など欠片も感じないのかも知れないが、」
「なッ……違うよ! そんなことは思ってない!」
「そんなむきにならなくても自明のことだから良い。落ち着け」
突然激昂したスザクが前へ踏み出した瞬間、がちゃりと鳴った刀の音に脅えた心を、見せないように努力する。だからその瞬間のスザクの表情は見ていなかった。
大体いきなりキレた理由が判らない……わけではないが、それにしてはその行動と言動が色々と矛盾していることに良い加減気付いてくれないだろうか。若しくは、もうちょっと視野を拡げてブリタニア王宮における暗黙の了解のようなものを学んでくれないだろうか。まぁユーフェミアの側に居てはなかなか叶わないことかも知れないが。大体、そういった特にマニュアル化されていない慣例を教えるべき立場であるところの特派が既に何と云うか、別枠だ。あそこに常識を求めてはいけない。
と云うことはつまり、スザクはこのままスザクであって、しかもそれをユーフェミアが許容するものだから更にこのまま加速していくのだろうか。うわぁ勘弁。ルルーシュは心の中でそっとホールドアップした。
スザクはスザクで、あくまでも冷静なルルーシュにつられたのか、はたまた静かな怒りが湧いたのか、踏み出した足はそのままに落ち着いた素振りを見せた。
「……ゴメン。でも、そんな馬鹿なこと云わないでよ」
「俺にとっては莫迦なことではない」
何せ生死に関わると云っても過言ではない。
スザクの思想をルルーシュの扱いやすい方向へと矯正させるのは既に諦めているが、それでも、否それだからこそ最低限弁えていて欲しいラインがあった。もちろんスザクが素直にそれを理解してくれるとは到底思えないにせよ。
スザクはやはりと云うべきか、不愉快そうな表情でルルーシュを睨みつけていた。と云ってもそれは恨めしいものではなく、単なる覚悟のようだったが。
「ルルーシュの立場が難しいものだってことは判ってるよ。でも、敬意とか尊敬とか……僕にとってルルーシュがそういう存在なんだってことが、寂しいだけで、認めないとかそういうことじゃないんだ。甘えてる自覚はあるけど、ルルーシュの、手腕って云うのかな、それは凄いと思うし」
「それはどうも」
「……頬くらい、染めてくれても良くない?」
「そんな気持ちが悪い俺は厭だ」
「気持ち悪くないよ、可愛いと思うよ」
「大体、今の台詞の何処に頬を染める要素が?」
「スルーなんだね……」
当たり前だ。
スザクは判っているようで判っていない。これで当人は判っているつもりなのが厄介だ。まぁ、既に立場が確定している以上、この方がやりやすいことも確かではあるが。
ルルーシュの立場の難しさがどんなものか。何故それでも自ら目立って手腕を披露する必要があるのか。皇帝やシュナイゼル、そして国民に気に入られていくのと比例して、増えていく内部の敵がどれほどの数であるのか。
判って欲しいなどと傲慢なことを云う気はないが、せめてルルーシュが覚悟をして自ら抉った傷を、これ以上拡げないでくれないだろうか。スザクが純粋に、何が悪いのかも知ろうとせずにルルーシュを心配しているだけだということが判っているだけに余計だ。糾弾することもできない。ルルーシュにそんなものは必要ないのに。
(……お前は残酷だ)
無知は罪か?
いいや、そうではない。知らない方が良いこともある。知られたくないこともある。
大切なのは、その無知に気付いているかどうかの自覚だろう。
その持論で云えば、スザクはルルーシュにとって紛れも無い罪人だった。
どう躱してやろうかと胡乱気な視線を遣ったルルーシュに、スザクは変に覚悟を決めたような視線で対峙していた。
「―――ねぇ、ルルーシュ。君は今、倖せなの?」
「なんだ急に」
「何の用かって聞いただろ? ……これが聞きたくて来たんだ。今の君を見て、そんな気がした」
「気、ねぇ……」
「良いじゃないか。答えるくらい」
「お前の考える倖せと俺の倖せが一致しない以上、答えるだけ無駄だ」
「そんなことないよ。ルルーシュがどう思っているのかが大事なんだ」
「ほう、まともに返されたのは初めてだな」
「茶化さないで。……ねぇルルーシュ、君は、今、」
「全く、真面目な声を出して一体何事かと思えばそんなこととはな。良いか、倖せなんてこの世に存在しない。だから、その質問には答えようが無い」
「な、」
「これで満足か? さぁ、そしたら良い加減戻れよ。長居し過ぎだ」
「満足じゃないよ! なんでそんなこと……ナナリーと居るときはあんなに倖せそうに笑ってたじゃないか」
「ナナリーが側に居ない今は倖せではないと? まぁ、視点は間違っては居ないな」
ルルーシュの愛はナナリーのためだけにある。愛し愛される存在が在ることは確かに倖せであると云えるのかも知れない。
だが、ルルーシュはその瞬間の幸福を噛み締めたことは一度も無かった。
幸福とは総て、後になって気付くものだ。そしてそのときになってからどんなに手を伸ばそうとも、到底届かないものだ。それをルルーシュは良く知っている。倖せを追い求めて現実から逃げることは簡単だが、そこさえ夢だけで生きられる世界ではないことも、良く知っていた。
「そりゃ、ルルーシュがナナリー第一主義なのはとっくに知ってるからね。そのナナリーにやっと良い環境ができたのに、君ならそれを何よりも歓びそうなのに、どうして君はそんなに荒れてるの?」
「荒れてる? 俺が?」
「なんだ、自覚なし? 余計悪いね」
「なんのことだ」
「だから……なんて云うのかな。やさぐれてると云うか、荒れてるって云っても行動に出てるわけじゃないんだけど」
「なら問題ないだろう」
「大有りだよ。眼つきが怖い」
「それは元からだし、良いことじゃないか。皇族には威厳も大事だ」
「威厳ならもう充分だよ! そうじゃなくて、なんか病んでる感じの危うい眼つきなんだよね。近寄り難いことに変わりはないけど」
「別に俺の精神は正常だ。眼つきは単に不機嫌だっただけだろう。……ああ、軍部で不評なのか? それでお前が代表してご機嫌伺いという名義の尊い犠牲に、」
「だからなんだってそうやって変な方向に捻じ曲げるんだよ。他の人は多分気付いてないよ。僕が単に心配だったから来たに決まってるだろ!」
「はぁ?」
「そこでそんな思いっきり眉を顰められるとさすがの僕も傷つくんだけどさ……」
と云うことは、普段俺がどんなに何を云っても、お前を傷つけることさえできていないということだな
とは、云わないでおいた。悔しいからだ。今のルルーシュの状態を、取り繕っているつもりで居たのにスザクにはばれていることも。
そう、状況はナナリーにとってとても良い方向へと動いている。シュナイゼルが母の事件の時点では成し得なかった最新の医療での治療とリハビリ、カウンセリングを約束してくれたし、実際経過は好調だと聞いている。コーネリアとユーフェミアがついていてくれるから、ナナリーの周囲は優しいばかりだろう。もちろんルルーシュが会いに行くことも制限されているわけではないから、いつか目を開く気になってくれるかも知れない。
母の事件の主犯格も暴き、立場的に厄介ではあるので未だ公にはしていないが、ルルーシュの手で制裁を行なうことをシュナイゼルは赦してくれた。皇帝の許可など最初から聞く気もない。ルルーシュの地位も確約されたし、あまりにも恵まれた環境に今までが今までだったから疑いを持つことは避けられなかったが、驚くほどにシュナイゼルやその周囲はルルーシュたち兄妹に寛容だった。もちろんルルーシュがシュナイゼル側につき、出来る限りの補佐を行なうことが大前提ではあったものの。後ろ盾になど到底なりようもない出自のルルーシュなのに、シュナイゼルはその才能を殊のほか気に入ったらしかった。ナナリーが生きやすい環境さえあるのならそれ以上に望むものはないのだから、それをルルーシュは犠牲と思うことはなかった。むしろナナリーさえ無事なら、自分はどうなっても良かった。
自分の手だけで守れなかったことが少々悔やまれるくらいで、この状況は願ってもみなかったことのはず、だった。
なのに……
(どうしたら良いのかわからない、なんて)
「もしかして寂しいの、ルルーシュ?」
「は?」
「ナナリーが側に居ないから。今まではいつも一緒に居ることが普通だったのに」
「いや……まぁ、否定する気はないが、公務に空きさえあればいつでも会いに行ける」
「そうだよね。じゃあ何が不満なの?」
不満。ルルーシュ自身でさえ持て余すこの感情を、そのたった一言で表されてしまうのは、すこし理不尽な気がした。
ナナリーがこの手を離れて自由になろうとしていることに、親離れをした子を見るような寂しさを覚えているのだろうかと、自分でもそう思うことはあったが、そんな簡単なことではない気がした。
ナナリーのためだけに生きてきたルルーシュ。皇帝に生きていないと云われ、それに納得してしまった自分を確かに自覚していながら、それでもナナリーが生きるために生きようと決めたルルーシュ。ナナリーを守ることだけを生きる理由にし、目標にし、そうやって生きてきたルルーシュ。ナナリーの目と足が治るか、そうでなくてもその身体でも生きやすい世界だけを夢見てきたルルーシュ。
ルルーシュのナナリーへの愛に、ナナリーの身体のことは何ら関係なかったが、ルルーシュの生きる理由には大いに影響を及ぼしていたのだと、今になって思う。そしてそれはナナリーに対するひどい冒涜だと思うのに、今の状況に生きることへの執着がどんどん薄れていくのを止める術がない。シュナイゼルへの協力がナナリーを生かすと判っているから必死に生きてはいる。だが、このままナナリーの足も目も良くなって、コーネリアがサポートしてくれるようになったとしたら? ナナリーがひとりでも立てるようになったら? ルルーシュの生きる意味は何処へ行くのか?
今、望んだように事態は変わっているはずなのに、どうしてナナリーが良くなっていくことへの喜びと反比例して気分は荒涼としていくのか、自分でも判らなかった。
心なんて、ナナリーへの愛を感じる部分以外はなければ良かったのに。
「……不満、なんてないんだ」
「自覚ないだけじゃないの? 今のルルーシュは、昔よりも世界を憎んでるように見える」
「いや、憎悪もない」
「それにしては態度に出てるけど」
「それは悪かった。心配するようなことは何もないんだ」
「そうは見えないよ。ねぇ、何かあるなら云ってくれない? 僕じゃ頼りないかな?」
「……いいや。そういうことじゃない。ほんとうに、何も無いんだ」
何も。
ルルーシュに遺されたものは何も無い。ナナリーの健気な笑顔の記憶だけ。
見る人の居ない、繕う必要も無い奥まった庭にわざわざ作らせた統一性の無い花壇。そのひとつに揺れる毒性のあるベラドンナを視界の端に捉えて、ルルーシュはそっと目を伏せた。スザクが植物に関しては疎くてほんとうに良かったと思う。
もう切り捨てたと思ってはいても、スザクに止められたら浅はかな期待と共に思い留まってしまうであろう自分を自覚している。スザクの優しささえ、ルルーシュには遺されなかったのだと思っていたい。その方が、最後の最期までナナリーのことだけを想っていられる。
「ルルーシュ、今の君はほんとうに見てて危なっかしいよ。僕にできることはほんとうにすくないけど……ルルーシュが思い悩んでるなら、なんとかしてあげたい。君の気持ちだけでも、支えてあげたいんだ」
―――ああ。やはりスザクは変わってなんか居ない。上辺だけ取り繕った悪餓鬼のままだ。自分でなんでもできると思っている。
けれど今のルルーシュにはその身勝手さが、裏づけのない自信が、昔を思い起こさせる憧憬が、眩しくてたまらない。その差し出された手を取れば、ルルーシュはまた生きられるのかも知れないと期待してしまう。
そんな風に思ってしまう自分が厭だ。あのとき何も守れなくて、自分だけ銃弾を逃れのうのうと被害を免れたルルーシュに、そんなことは赦されやしないのに。ナナリーを傷つける総てのものから守り抜いて、けれどルルーシュの罪が赦される日なんて来なくて良いのに。ナナリーのため以外に、ルルーシュが生きる必要はないのに。
心なんて、ナナリー以外を求める心なんて、それこそ死んでいるこの身には存在しないはずなのに。
「ナナリーはきっともう大丈夫だよ。君がそんなに頑張る必要はないんだ」
ほんとうに、どうして。こいつは俺の傷を抉るような真似をするんだろう。もう流す血さえほとんどなくて、このままでは貧血で倒れてしまいそうなのに。
「だから、君は君のために生きれば良いんだよ。その方がナナリーも歓ぶだろうから」
「……理由が……ない」
「え?」
「俺が、俺のために生きる理由」
「理由が必要なの?」
「ああ。ナナリーだけで良かったのに」
本音を吐露するつもりはなかったが、早くスザクを黙らせたくて気付けば口を開いていた。このままでは危険だった。ナナリー以外に活路を見出してしまいそうな危険が。
スザクはルルーシュの台詞の意味を図りかねたのか一瞬眉を顰めて、けれどすぐに何かを思いついたようにぱっと顔を明るくした。
「なら、僕のために生きれば良いよ」
「……は?」
「僕はルルーシュとナナリーが居ないと、生きてる意味がないんだ。だからね」
「……何が“だから”なのか……」
「僕は、ルルーシュが今みたいに進んでひとりになろうとしなくて、みんなと一緒に居られて、ナナリーが安全で、ふたりが倖せを実感して笑っていられるような世界にしたいんだ。ユフィならそうしてくれるって云ってくれた。だからきっとなるよ」
根拠の無い将来設計図を、自信を持って語る。ルルーシュはとうに捨ててしまったその力が、今はいっそ羨ましかった。
「ねぇ、だから。僕のために生きてよ、ルルーシュ」
スザクはルルーシュの眼つきを病んでいると称したが、今のスザクの眼つきこそそう思えてならなかった。何故だろうと首を傾げるよりも先、そう云えばスザクの視線の方角、つまりルルーシュの背後には芥子の花が咲き誇っていることに気がついた。詳しくないと決めてつけていたが、腐ってもこいつは軍人だったな、と思う。嘗め過ぎていたかと心の中で舌打ちをする。
引っ込められることのないまま、行き場のない差し出された掌を見遣る。これは救いだろうか。破滅へと続く扉を開く鍵だろうか。もうどちらでも良かった。そう、ナナリーさえ無事であるなら、ルルーシュはどうなっても構わない。幽かに抱いてしまい、消すことのできない期待がこの先裏切られたとしても、ルルーシュにだれかを恨む権利なんかない。
ふい、と視線を逸らした先、スザクの佇む向こう側では、ベラドンナが揺れている。だが今はそれよりも、スザクの言葉の方がよほど強い毒性を持っていた。