もう夢は見ない
なんか面白い話して!
そんないきなりすぎる無茶ぶりに、怒るかと思ったルルーシュは意外にも話に乗る気があるようで、そうですね…と何処か遠くを見る目をした。
ルルーシュも暇だったのかな、とスザクがそんなルルーシュをじっと見ると、その視線に気づいたルルーシュがスザクをじっと見返してくる。
「え…」
「あらあらあらー? なぁによ、男ふたりで見つめ合っちゃって! ミレイさんはお邪魔かしらー?」
「え!」
いやあの、とわたわたし出すスザクをそっちのけで、ルルーシュは雰囲気を保ったまま、ふんわりとした口調で口を開いた。
「俺はな、スザク」
「え、な、何ルルーシュ……」
そんな気だるい表情と口調で、人をじっと見つめて無駄に良い雰囲気を作らないで欲しい、とスザクは切に願った。ふたりきりなら大歓迎なのだけれど、何か勘付かれたらどうするんだ。
だがそれを云うなら、ミレイにからかわれて普段辟易しているのはルルーシュのほうなのにな、と思う。
「俺は、サンタクロースの正体を知っているんだ」
「「……は?」」
いきなり何を云い出すんだコイツ、と、つい愛しの恋人相手に思ってしまった。しかしそれはミレイも同じだったようだ。
「何ルルちゃん。面白い話してとは云ったけど、ルルちゃん自身が面白いことにならなくても良いのよ、いまは」
最後に付け足した『いまは』が気になりつつも、さすがミレイさんずばっと辛辣だなぁとスザクは思う。自分だって幼馴染だが、付き合いの長さはミレイの方が長い。なので、親しみのある会話は仕方がないと思っているのだが、割り切れないのが男心だ。
「俺は恐らく、人生で一番面白い話をしていますよ」
「真顔で何を云うのよ」
確かに。
そう思いながら、スザクは改めて生徒会室の中をきょろきょろと見回した。
スザクが扉を開けたときから、ルルーシュとミレイしか居なかった。いつの間にか最初は居なかったはずのアーサーがルルーシュの膝にちょこんと乗っているが(うらやましい)、扉が開いたわけではないので最初から部屋の何処かに居たのだろうし、問題はないだろう。
よし、と心に決める。
「でもルルーシュのおうちって、本物が来そうだよね」
「おうちっていう云い方は良いのかしら」
と云いながら、ミレイも視線を見回す。そして問題ないと判断したらしく、よし、とスザクと同じような表情をした。
「でも、確かにそうね。で、朝起きたらツリーの周りには金銀財宝がどっさり」
「……何か違う話が始まりそうですね」
「皇宮大冒険!みたいな? 貴族と嫌味の応酬して、悪徳大臣を倒して、着飾った皇女を口説いて玉の輿にのったらゴール」
「わぁ……夢があるんだかないんだか……」
そもそもプレゼントなのに金銀財宝という時点でアレだ。
そんなゲームがあったら売れるだろうか、と真剣な顔をして検討しはじめたルルーシュに、いやいやサンタさんの話でしょとスザクはむりやり軌道修正した。ミレイもはっとして、そうねぇ…と考え始める。
「ルルちゃんのことだから、暖炉から入ってくる現場を押さえてやろうと思って起きてた、とか、そういう話?」
「ああいうのって依頼するんですかね」
本物が居るには居るということは知っているが、あのサンタクロースたちは一体クリスマス当日はどうしているのか、そういえば謎だなとスザクは思った。ブリタニア皇宮が正式に依頼すれば、EU圏とブリタニア帝国という垣根も何のその、良い子のためと来てくれたりするのだろうか。
ミレイも、依頼でもしないとさすがに個々のトコには来てくれなさそうよねぇ、と頷いている。
「ああ、それで派遣されたとか料金は、とか突き止めちゃったの?」
「嫌な子供ですね…」
「そうね。ちっちゃい頃のルルちゃんはもっと純粋な天使ちゃんだったから違うかしら」
「そうなんですか?」
日本に来たころのルルーシュは、捻くれていたと思う。
いや、こどもだったスザクには詳しいところは聞かされていなかったが、いろいろあったらしいし、あんな場所に障害を負った妹とふたりだけで連れてこられてしまっては警戒心が強くなるのも仕方ないだろう。
それを思えば、いまよりは余程純粋だ。
けど、見た目はともかく性格は天使というほどではなかったと思う。あの頃には既に世の中を斜めに見ていた。
けれどミレイは途端目を輝かせて、そうよ! と力強く頷いた。
「ええ、ナナちゃんと、もう一人の異母妹にどっちをお嫁さんにしてくれるの! って詰め寄られて、困って泣いちゃったくらいよ」
「え、かわいい」
「あとは、そうねぇ。動物に好かれる体質だから、いまのアーサーみたいに猫とか犬がすごい寄ってきちゃって。犬猫まみれになって、こんなにたくさん居たんじゃぜんぶの子撫でてあげられないってやっぱり困って泣いちゃってたわ。怖いってわけじゃないのがルルちゃんらしいわよね。そして犬猫に慰められて舐められまくってたの」
「ええーなんですかそれ! かわいい!」
「そうでしょそうでしょ。あの頃の写真、あるにはあるけど。下手に持ち歩けないからねー」
「うう、みたいけどそうですよね…ああでもみたいなぁー」
お前ら……とルルーシュが青筋を立てていた。
「あら何よ、話をふってきたのは自分でしょ?」
「それはそうですが。いまの話は全く関係ないでしょう!」
ルルーシュの顔は真っ赤だ。じっとそんなルルーシュを見上げているアーサーは、ルルーシュが困っているから慰めようとしているんだろうかとスザクは思った。だとしたらかわいい。どちらが、とは云わない。かわいい。
「あらやだ。いまのエピソードは、ルルちゃんがサンタさんを信じていたことを証明するためのものよ」
「そんなものは要りません!」
「あらそう? でも、存在を信じていたサンタさんの正体を突き止めてやろうとしていた話でしょ?」
あのころのピュアルルちゃんもそんなことしたのねぇ、って感慨深く思ってたんだけど、とミレイが首を傾げると、ルルーシュがふるふると首を振って否定する。
「違います。俺が正体を知ってしまったのは全くの偶然ですし、それに、もし依頼されていたのだとしても、本物だったのなら『正体』なんて云い方はしませんよ」
ピュアルルのあたりはスルーすることにしたらしい。
残念だが、その辺りはあとでミレイにちゃんと聞こう、とスザクは心に決めた。上納品はケーキやクッキーあたりで良いのだろうか。
「それもそっか。じゃあ何が云いたいのよ?」
「確かにうちは…という云い方も確かにどうかと思いますが、話が進まないのでそれで良いとして。うちは末端ですから、クリスマスもささやかなものです。他の兄弟は、会長の云う通り本物を雇ってパーティーに呼んだりはしていましたけどね」
「ささやかって云っても、世間一般レベルとは違うからねルルちゃん。その辺ちゃんと判ってる?」
「それでも俺は世間一般で云う、サンタクロースの正体を知ってしまったわけですよ」
「うん…うん?」
「枕元でうるさかったので、目を覚ましてしまったんです。さっき会長も云っていましたが俺は純粋だったので、うちにはサンタさんなんて来てくれないだろうなぁと寂しく思いつつも健気に枕元には靴下を用意していましたし、もし来てくれたときのためにと寒い中ご苦労様ですとテーブルにココアまで用意していましたし、目を覚ましてしまったときは、起きていることをサンタさんに気付かれたらもう来てくれないかもしれない…! と不安になりました。でも、好奇心には勝てなかったんです」
「う、うん」
それは、判る。わかるよルルーシュ、と意味もなく同意した。
しかもココアを用意しておくなんて確かにピュアルルすぎる。と云うか、優しい。何その優しさ。
ルルーシュと違いやんちゃっこだったスザクはサンタの正体突き止めてやる! と寝たふりをしていたことを思い出した。懐かしい記憶だ。
「そこで、こっそり薄眼を開けたら、絵本なんかで見た通りの赤い装束のサンタクロースが」
「装束って」
スザクの突っ込みはスルーされた。ルルーシュはあくまでも真剣な表情をしている。
「彼は枕元で、プレゼントが大きすぎて俺が用意した靴下に入りきらなくて四苦八苦している様子でした。バレないよう恐る恐る確認してみると、そのサンタひとりじゃなくてもうひとつ影があって、そっちに大きい靴下を早急に用意しろ5分以内だ! 目を覚ましたらどうする! とか云っていました。一緒に居るということはもしかしたらトナカイなのだろうかと思って、トナカイは二足歩行してサンタの手下紛いのことをさせられるのかと俺の妄想はそこまで飛躍しましたが」
「「…………」」
黙り込んだミレイとスザクに構わず、ルルーシュがすらすらと続ける。
「違いました。トナカイの全身タイツを着たお付きの者でした。隻眼の」
隻眼のお付きの者。
なんだか結構有名な人の姿がちらりと脳裏を舞うが、全身タイツ。着ぐるみじゃないのか。全身タイツなのか。云い間違いではないかと思うのだが、否定されても肯定されてもアレだ。でも着ぐるみのほうが若干ましだ。
「……あの、サンタさんの方は……?」
「だから俺は云いましたよ。世間一般で云うサンタクロースの正体、と」
「「…………………」」
何とはなしに、ミレイとスザクの視線が合う。
ルルーシュが容赦なく続ける。
「髭もロールでした」
―――限界だった。
スザクは鍛えているはずなのに云うことを聞かない腹筋に思いっきり力を入れて、ミレイは俯いてばんばんと拳で机を叩いている。
涙目になりつつ、声を上げて笑うことはなるべく押さえた。不敬罪になるのかどうか微妙なところだ。いや、ここには自分たちしか居ないので気にする必要はないのかも知れないが、何となく。
狙い通り爆笑の渦に巻き込んだルルーシュはしてやったりという笑みを浮かべているかと思いきや、ごく真剣な顔をしていた。複雑なのかも知れない。そりゃそうだ。
けれど、サンタの正体を突き止めようとした結果、使用人だったスザクよりはましなのではないだろうか。しかもコスプレなんて気の利くこともせず、プレゼントを置くだけ置いてついでにゴミ箱の中のゴミ回収までして行った。
だが、この状況で愛されてるね、とは云えない。
シリアスなんだか笑い事で片付けていいのかよく分からない空気に支配されていた。
確かにルルーシュの云う通り、身を削るほどの面白い話ではあったけれども。
ナナリーには秘密だ、とこれまたごく真剣な顔でルルーシュが脅してくるので、ミレイもスザクも笑いをこらえた微妙な顔でこくこくと頷いた。