学園GEASS



ルルーシュはクールが売りだ。
誰に、と訊かれればそれはもちろん、学園のそこかしこに居る老若男女問わない人種に、としか答えようが無いほどに人気のありまくるルルーシュは、そのファンとでも云うか信奉者たちには、あくまでもクールだと思われている。
ルルーシュ本人を深く知る者からするとそれは生暖かい目をする結果にしかならないにしても、とにかくルルーシュはクールでなければならなかった。
それは何のためか? ――もちろん、学園のためだ。
もっと詳しく云えば、クールさの欠片も無い本来のルルーシュの姿を知った信者たちが、万が一現実と妄想のギャップに血迷ったりして、更なる狂信者たちに制裁を加えられ学園が地獄絵図とならないようにするため、だ。

――と、云う訳で。

日曜の朝早くから男子寮中に響き渡った、なんとなくルルーシュの声に聞こえた不可解な素っ頓狂な悲鳴は、ルルーシュに憧れ過ぎた誰かの発声練習、という何とも落ち着かない結論に落ち着いた。
とは云え、悲鳴は悲鳴。
ほとんどの生徒が就寝中ということもあり狂言だと黙殺されながらも、確かに事件は発生し、被害者もちらほら存在していたわけである。


「んな、なななななな……!」
「ど、どうしたんですか先輩」


昨晩ルルーシュの寝顔を見ていて自身の就寝が遅くなったジノは、それでもあまりにもな悲鳴に飛び起きて隣のベッドに詰め寄った。
しかし其処には、顔を青くしたルルーシュがすっかり脅えて丸くなって縮こまっているだけだ。


(先輩可愛い……じゃなくて!)


ルルーシュの声が聞こえたならばすぐに駆けつけてきそうな奴が来ないことに若干の疑問を抱きながら、まだ眠気が残る身体を叱咤してルルーシュに近寄ろうとした、のだが。


「どうしたもこうしたもあるか! 見ろコレを!」


当の本人に掛け布団と一緒に撥ね除けられてしまった。哀しいが、とりあえずその気持ちをスルーして焦った様子のルルーシュに首を傾げる。


「見ろ、って……えええええ」


ルルーシュに指し示された掛け布団の下、そこで堂々と眠りこけていたのは。


「スザク!」
「おま、何でこんなトコに……いつの間に……」


え、て云うか先輩、気付かなかったんですか? とジノが当然の疑問を口にする前に。さすがの騒ぎに目を覚ましたらしいスザクがルルーシュへと手を伸ばした。


「もールルーシュ煩いよ……まだ早いじゃないか……」
「ス、スザク……」


先輩、舌足らずなスザクの口調が可愛いとか思ってきゅんとしてる場合じゃないです、と哀しい哉判るようになってしまったルルーシュの思考に突っ込みながら、ジノは行き場のない手をそのままスザクの首に掛けた。
ぐえ、と態とらしい可愛くもない悲鳴が返る。


「ちょ、何のつもりだよジノ」
「そのまま息を止めてしまえ……!」
「嫉妬も良い加減にしろっつの」


もちろんジノも半分くらいは本気ではなかったものの、あっさりとジノによる殺人未遂を交わしたスザクは寝起きも何のその、もしかしたらジノ以上に明瞭な意識でもってジノを睨みつけていた。
と云うか、寝ていたとしても、スザクがルルーシュせんぱいの悲鳴に、しかもあんな間近で気付かないわけがないと思うんだ。
ジノのさり気ない訴えは始めから無いものとされて、しかも存在さえ無視するかのようにスザクはいつの間にかルルーシュと対峙していた。
目、覚めちゃった? と、ルルーシュの手を握りながら首を傾げている。
くそ、そんな間近で羨ましい。


「スザク……心臓に悪い……」
「うん、ゴメンね? 今日はロロが課外実習で居ないから、僕、部屋にひとりで、寂しかったからさ」


嘘付け、と思いながらも声に出してはいなかったのに何故かスザクにギンッとものすごい勢いで睨まれた。理不尽だ。


「そうだったのか、スザク……」


起こしてくれれば良かったのに、と悔やむ表情のルルーシュは非常に眼福ではあるが、其処で納得しないでいただきたい。スザクに限ってンなわけあるかと突っ込みたい。
が、それができないのは、偏に、そんなことをしたところで莫迦を見るのはどうせ自分自身だということを、経験でもって思い知っているからだ。


「驚かせちゃったね。さ、まだ早いしもうちょっと寝ようか」
「また此処で寝るのか?」
「うん、もちろん。今部屋帰ってもきっと寒いし……それにさっきのルルーシュの悲鳴で皆何事かって騒いでるかも知れないから、訊かれるのやだなぁ」
「やだってお前、お前の所為じゃないか」


そこはさすがにルルーシュも誤摩化されないらしいが、やっぱりスザクがルルーシュの悲鳴をしっかり聞いていたということに思い至らないあたりはどうなのか。しっかりしているようでいて、ルルーシュも寝ぼけているということか。


「だって恥ずかしいじゃないか」


そんなスザクの、可愛さなど微塵も感じられない言い訳にきゅんきゅんしている時点でまだ目覚めていないのだろう、と結論付けたジノは、途端莫迦々々しくなって自分もベッドに戻った。
が、珍しく諦め良く早々に戦線離脱を決め込んだはずのジノに、何故か天は味方してくれないらしく。


「そうか。俺も騒いだりして悪かったな。俺がスザクの気配に気付かないのはともかくとして、ジノが気付かないなんてどうかしてる」
「え、私の所為ですか」


いくら何でも、理不尽だ。理不尽すぎる。
だがそういうことで落ち着いてしまったらしいルルーシュを責める気は起きないあたり、ジノも相当なのだろう。
もちろん、してやったりの笑顔を浮かべるそこの腹黒ほどではないと思いたいが。
ぱたりと横になったベッドの隣、当然のように同じ布団に入る二人をどうなのかなぁと思いながら、これ以上あてられるのも厭なのでぐっと押し留まる。
大丈夫だ私、きっといつか報われる! と信じながら。


斯くして、一件落着かと思われた事件は二時間後に再び、今度こそ覚醒したルルーシュによる悲鳴から始まり、スザクへの説教で漸く幕を閉じるのだった。