何ものをも凌駕するほどの鋭く深い憎しみも、その根源たる元凶さえ消え失せれば、やがて薄れゆくものだろう。憎悪をその身に宿した本人自らの手によって復讐を果たしたとあれば尚更だ。怨嗟に支配された感情は解き放たれる。憎しみの連鎖もない。
悲願を達成したことで、生きる理由を使い果たし一度は抜け殻のようになるかもしれないが、日々の生活を送るという、ただそれだけの生きるにおける行動指針が、気付かぬままに、しかしゆるやかに、仄かな希望を齎して行ってくれるはずだ。
つまり、仇を討ちさえすれば、スザクの中の蟠りもやがて浄化してゆく。そこに至るまでの過程への虚しさくらいは残るかもしれないが、優しい世界の出来事がきっと彼を癒し、やがて―――


ルルーシュはそう思っていた。それこそ、生きる人間の、感情の力だと。
仮令歩いてきた道の背後から呼び掛けてくるものに呼応して後ろを振り向いていても、一旦は立ち止まっても、前に、前にと進む。人はそうやって生きる。
ずっと知らなかった、知ろうとしなかった真実を受け入れて、それがどんなに辛く残酷なものでも、裡に秘め共に生きて行くことを選ぶのも強さだ。だが、忘れることもまた強さだろうと思う。未練と云ってしまえば美しいが、過去の妄執に囚われることはない。歩んできた道を振り切るのも覚悟が必要だから。
スザクの心は弱くて、死にたいと云いながら赦しを求めていて、どんな重荷を背負ってでも乗ったレールからは外れないと強固になって進みながら救いを待っていて、だからこそその曲げない心は強かった。
スザクの中では間違っていないと頑固に云い張る手段で、その先に待ち構えるものなどどう見ても明らかだったのに、スザクは信じ切っていた。
その先に希望が、望む未来があるのだと。
けれど、結果として待っていたのは―――……


スザクはいろいろなものをいろいろな視点で見て、真の主の汚名を返上し仇を討った上で、償ってゆくという道を選んだ。いままで彼の心を蝕んでいたものからは解放されて、そしてまた、そのために犯した罪を償っていくのだと覚悟していた。
だがルルーシュはその案を提示しておいて何だが、それを……仇を討って以降のことを、望まない。仮令ゼロとしての人生でも、スザクにも明日は来る。
対して、生きながら死んでいる世界のノイズなんてものは、必要ないどころか邪魔だろう。ルルーシュには、明日は来ない。
必死に生きていると主張したところでどうせ何も実にならず消えゆくのならば、自分らしく、世界に残す爪痕の中にせめてもの願いを紛れ込ませてやろうではないか。と、そうルルーシュは昏く嗤った。生きたいと、死んでなどいないともがき悪足掻いて、やはり生きることなどできなかった人生だ、これくらい最後に悪戯心を仕掛けたって良いだろう。
最期の、本当の、心からの望みだ。
スザクの心理がどうあれ、その罪も何もかも総て、ルルーシュが持って逝く。
一種の賭けではあるけれど、ルルーシュの仕掛けはきっと作動する。運はあまり良くなかったが、いかさま有りのギャンブルには強い方だ。


(―――だから、)


皇帝と騎士として過ごしているあいだ、自分たちのあいだに多少の情が湧き起こってしまっていることにはさすがに気付いていた。ルルーシュだけではなく、総て振り切ったふりをしているスザクにまで。見て見ぬふりなどできないほどに。
そういう激情の流れについては、スザクは変化が判りやすい。
感情を隠すのが上手くなったと思ったこともあったけれど、やっぱりスザクはスザクだった。まるでルルーシュの方向からやってくる何か恐ろしいものから逃げるように、不意に視線を逸らすことがままあった。そういうときの眸は明らかに辛そうでありながら、本人は表情の変化には無自覚の様子で。
ルルーシュはそれを、スザクの優しさだと判断した。
いろいろなことが―――ルルーシュがスザクの傍に居たせいでスザクに起きたいろいろなことがスザクを歪ませてしまったけれど、本来のスザクはルルーシュからするといっそ疎ましいほど真っ直ぐなはずだ。たとえ相手が憎くてたまらないルルーシュであっても、これから償ってゆくと決めた道のりの第一歩から早速人を殺すということ自体に抵抗もあるだろう。
けれどきっとスザクは生きる光を見つけて、ルルーシュのことなど忘れてゆく。そのための仕掛けは施した。
流した一滴の血も、広い湖の中に落としてしまえばやがて色など判らなくなる。その喩えで云うところの湖の水が、これからのスザクの人生にはたくさん湧き出てくるから。その中で、こんな不浄の血など薄れて沈んでゆく。


(……スザク。そのときに、俺はお前と何度目かの、けれど今度こそ本当のサヨナラを―――)




















するはずでは、なかったか。



After 0





「あんまり……刺激的なのは良くないと思うんだよね……」


やけに神妙な顔でスザクがひとり頷いている。
ルルーシュの方を眺めてはいるが、その眼差しからして、ルルーシュの返答を求めているわけではないことは判る。総ては彼の中で完結している。
だからこそ、ルルーシュは「はぁ…」と気のない返事をした。
のに。


「何、そのやる気のなさは! 僕は君のためにこんなに、こんなに悩んでるっていうのに、ちょっとは協力しようっていう気にはならないの!?」


それこそ、はぁ、と答えるしかない。他に云いようがない。
そんなことはないとでも云えば、じゃあ何、と代替案を求められるだろうし、そうだな、と同意でもしてしまえば……後が怖い。
しかし―――しかし、だ。


「俺にどうしろって云うんだ……」


何故かスザクが異様にこだわっている、その内容。そこに、ルルーシュの意思など介在する隙はない。
ルルーシュの意見を求めるようなことを云っておきながら、どうせルルーシュの希望なんて通す気はないのだろうから、どうしようもない。そしてスザクが何をどう考えているにしても、ルルーシュも考えを譲る気はない。この会話に意味はない。


「あー、そういうコト云うの? そっか、もうゼロは僕に託して一線退いた気でいるんだもんね。だったら僕の元で大人しくしてくれてるかせめて隠居でもしてれば良かったのに、姿を晦まして酔っ払いの豪商相手に媚を売って妖艶に腰なんか振ってみせちゃってさぁ!」


……確かにやっていたことは客観的にそう思われても仕方のないことかもしれないが、スザクの云い方だと余計にいかがわしい意味に聞こえてしまうのは気のせいだろうか。スザクとはいかがわしいことをしたからか。
そんなことを考えていたらやっぱり返答をする間もなく、会話の主導権はスザクに握られたまま話が進んだ。


「本ッ当ーに、何やってるんだよ君は。勝手に慈善事業やってたことはまぁ……良いんだけど。そう云うしかないんだけど。でもそもそも勝手に協力者をたらしこんで勝手に救世主やってたわけだし。しかも何か天使とか呼ばれてたみたいだし。君が本当に絡んでたから結果的には良かったけど、もし違ったら不安材料だらけだよ。それが判らない君じゃないはずだ。最初から相談してくれれば良かったのに、ゼロを引退した後は、後任にアドバイスする気にもならないですか、そうですか」


あーあーあー、と耳をほじりながら呆れたように云われたが、こちらが呆れたい。何だ、たらしこんだって。
スザクの主題はどんどん変化して行って、もう何に反応したら良いのか判らないので原点に戻らせていただく。
スザクが気にしているその点に関して、


「……ゼロは関係ないと思うんだが……」
「あるよ!」
「……何が」
「もう僕はゼロでしかない! ゼロに関すること以外ですることと云えば寝食くらいしかない」


そうだろうか、と頸を捻る。
いや、ルルーシュが見ていた限り、確かにスザクはゼロとして良くやってくれて―――やりすぎていたとは思う。
確かに、スザクという個を殺し、生存活動以外の総ての時間も労力も、恐らくは思考さえも、ゼロに割いていた。
それは確かにそうだろうと思うし、ルルーシュが心を痛める所以でもある。そうなって欲しくはなかったのに、と。
だが……そうだろうか。この状況においても、スザクはそう云って良いと思っているのだろうか。
いまルルーシュが相対しているのなんか、思いっきりスザクだ。口調も表情も。しかも、仮面なんかお前どこ置いてきたと聞きたいくらい綺麗に脱ぎ去って、あまつさえ、仮面とハマムの湿気の所為でへたっとなっていた髪を元どおりふわふわにセットまでしておいて。ちょっと触りたいなどとは本気で思っていない。それで良いのかお前はという苛立ちに近い疑いのほうが勝つ。
スザクの裡の急激な変化を甚だ疑問に思いながらも、途中で話を遮ると長くなりそうだったので、そうだな、それで? と促す。半笑いになってしまったが構うものか。
すると、スザクは鷹揚と頷いてみせた。


「そんな僕が、ゼロが!」


わざわざ一人称を云い直さなくて良い、と思ったが、やはり黙っておく。


「ナナリー代表を気遣ってるって云うのに!」
「……そうだったのか?」


ルルーシュが目を瞬かせれば、スザクはルルーシュがようやく話に乗ってきたとでも思ったのか、ふッと厭な感じに笑った。
急に出てきたナナリーの名前に面食らっただけで、さすがにナナリーの名前を出せば何でも騙されるわけじゃないぞとルルーシュは思ったが、まぁそう思わせておいたほうが楽なような気がしたので結局黙っておいた。どうにもスザクは、ルルーシュが何も変わっていないと思っている―――思いたがっているらしい。
そんなわけはないだろう、とルルーシュは内心で頸を捻る。七年もあれば人は変わる。
スザクとの最初の別れから、租界で再会するまでの七年。そのときだって、ルルーシュはスザクと再会さえしなければ、時折思い出しては優しく美化され、それと同時に大きな傷痕を残した、あの記憶の中に残っている少年でしかなかった。幸福とはきっとあんな姿をしているのだろうと思い、生存を心配して心を痛め無事を祈るくらい、ただそれだけの。
七年だ。七年も経てばそうなる。
今現在のナナリーだって、もうとっくに兄の存在など過去のことと割り切っているだろう。必要性があれば、悪の存在として引き合いに出し語るだけの記号に過ぎない。
世界を優しく想い描く可憐な少女だったナナリーは、世界の情勢が変化する都度、なんかあのアホな血縁上では父親になってる爺や性悪腹黒シュナイゼルによってカードとして切られていただけで、正直施政者に相応しくはなかった。それはルルーシュの所為でもある。だが、帝王学を学びなおし立派に代表としての手腕を発揮するようになったナナリーは、素敵な、そして魅力的なレディになった。身内の欲目でも何でもない。
いまは忙しくて無理でも、近いうちにきっと、だれよりもナナリーを愛してくれる男性の元へ嫁ぎ、倖せに生きるのだろう。
見渡せないほど広い世界で施政者として調停してゆく道と、狭く鎖された世界で穏やかに家庭を守って生きる道。もしくは、両立。
どの道を選ぶとしてもルルーシュはその決断を祝福する。両立を選ぶとしたら大変だろうけれど、そっと草葉の陰から応援するだけで口出しなど、ましてや励ますことさえしない。甥か姪も抱かない。……がまんする。
ルルーシュはナナリーへの愛まで消えたわけではないけれど、執着はもうない。ルルーシュからは離れたところで、しあわせになって欲しいと願う穏やかな想いだけがある。
なのにスザクがそんなルルーシュの想いの変遷に気付かないのは、スザクこそが変わっていないということの証なんだろう。スザクの中でルルーシュはあのときのままで時を止め、スザクもまたあのときに感情の動きを止めたまま。
―――仮面を被り続け人との接触を断ち続けていた結果がこれか。
それを認めて、ルルーシュはチクリと胸を痛めた。


―――しかし。しかし、だ。


「だって久々に会う最愛の兄が、そんな卑猥な格好だったらどう思う? 女装をした、美しいお兄様を私も見たいですと云ってたナナリーは歓ぶかもしれない、けどさすがにそれは際どすぎるからサプライズに過ぎる。生存と、再会と、服装。どこに歓んだら云いのか困りそうだ。だけどだけど、やっぱり眼福でもあるから、着替えさせるのは勿体ない!」


いや、悪いと思っている場合じゃなかった。真剣な顔で、最後に拳を握り締めてまで何を語っているのだろう、この男は。
お互いの主張がもうずっと噛み合わないまま、訳の判らない方向に話が進んでいる。


「……俺は、ナナリーに会う気は……」


そもそもスザク……と云うかゼロに会ったのだって、当人がさっき不満を漏らした、そのアドバイスに近いようなことをしようとしただけなのに。
会ったら罵られるくらいは覚悟していたが、何故、一体どういう流れでブリタニア行きの特別機などに乗せられているのだろうか。ブリタニアでルルーシュがすることなんて何もないのに。と云うか、それよりも何よりも居てはいけない存在なのに。
一応ゼロにも理性はあったようで、一夜の宿にしていたリヤドからは驚くほど迅速に、一目散に出て行ったが、元からの予定であった会談はちゃんと済ませていたようだった。だが異様に急いでいたので、ただの現状確認で終わりこの先のことを何も話さないこの会談に意味あったのかと、ルルーシュは閉じ込められた匣の中から突っ込んでしまいたいくらいだった。なんだこの匣は! 出せ! とゼロとロイドに向かって叫ぶと同時に。
そのときはまさかブリタニアに送られるなんて思っていなかったので、さすがに会談だけは気になってしまったが、基本的には現在ルルーシュとC.C.が就いている仕事のことばかり考えていた。…… スザクとロイドに閉じ込められた訳の判らない匣の中で。
あの雇い主、ルルーシュの居場所をしょちゅう確認してきてうるさいのに。戻ったらどれだけ怒り狂うのだろう。解雇されたらどうしようか。ああでも君はゼロに見初められるのではとか莫迦なことを云っていたので、適当にゼロから情報を得てきたとか、ここに手を伸ばしてくれるようにお願いしてきたとか云ってみようか。
匣から出された後は、まずはスザクに恨みを込めた罵りがくるだろう。
リヤドのハマムでのアレのは、急な再会にテンパっていただけだ。それか、欲求不満だったか。ゼロに女は差し出されるだろうが、賄賂と同義だから断っていただろうし。そういう仕事をしている女性ならば相手をしていたかもしれないが、そう頻繁にはいかないだろう。あと考えられることと云えば、雰囲気に流されただとか。元々、皇帝と騎士だったころ暇つぶしか遊びのような感じで抱き合っていたこともあったくらいだ。冷静になったいまならば、そのときの自分を律する意味でも暴行までされるかもしれない。匣なんかに閉じ込められているこの状況は、そうしたいのに時間がないから逃げられないようとりあえず抑えられてるだけなのだろう。罵るだけならどんなものでも聞き入れてちゃんと心に留める所存だが、暴行を受けて治癒を待ってとなると動けるようになるまで時間がかかってしまいそうだ。
そう思っていたのに、匣から出たときその場所はブリタニア行きの皇族専用機の中だった。しかも離陸後だ。何故だ。いろいろ云われて、もしかしたら物理的な攻撃を受けて、でもきっと最終的には人々の嘆願を受け入れて、そしてルルーシュのことはまた忘れるべく、余計なことはするなと念を押した上で放り投げて帰って行くだけだと思っていたのに。いや、また殺されるか。それはそれで、やはり屍体を放り投げるまでだ。
放り投げられたあとはやっぱり元の旅団に居たほうが物資の調達は楽だろうから何とかしてあの雇い主を説得してあそこに戻りたい。広い目で見れば不平等になってしまうからすぐに救いの手が伸ばされるわけではないし、活動は続けなければ。
ルルーシュの考えが一秒でそこまで行っているとは思っていないスザクは、はぁ、とため息を吐いた。


「此の期に及んでまだそんなこと云ってるの? 君がどんなつもりでもナナリーの前には引き摺り出すから、それはもう諦めた方が心の準備もできて良いと思うよ」


そうだ、その話だった、とルルーシュはハッとした。仕事先に戻ってからのことを考えている場合ではない。そもそも、これでは仕事先に戻れない。


「と云われても……それは、ナナリーのほうが困るのでは」


ないか、と苦言を呈すと、はぁ? となぜか呆れられる。
既に切り捨てた兄に今更会うなんて、どうでも良すぎて反応に困るのではないかと思うのに。会いたい会いたくないというよりも、ナナリーを困惑させてしまうことの方がルルーシュの避けたい事態だ。
万が一にも有り得ないと思うが……いや、しかし、過去は美化されるものだと云うし、ナナリーが兄とふたりだけで生きていたころのことをすこしでも思い出してしまっては、情に引きずられたりとか……いや、それはないか。ルルーシュはとことん嫌われて、厭われている存在だから、ナナリーは取り繕うこともできないくらい厭な顔をしそうだ。ナナリーはそんな顔さえ可愛い……いや、年齢的にこれは気分を害させてしまいそうだから、えっと、綺麗だけれども。
だがナナリーは、施政者として厳しい顔をするようになっても優しい本質はきっと変わらないだろう。敵として対立し、やり方を間違っていると説き、存在を拒み憎み、悪逆皇帝といまも罵っている相手と直接顔を合わせたりなどしたら、気まずく思うくらいはしそうだ。ルルーシュとしては全く気にしないどころか、どんどん利用してくれという構えだが。
そういう様々な理由から、会わない方が良い……と云うか、会う必要はないのではないか。会ったところでどうにもならないだろう。
ルルーシュが頸をひねりまくっていると、スザクが変な顔をしている。


「いやいや、君をずっと想ってたのは僕ほどじゃないって、それはプライドの問題からしても実際に他のことに割かなきゃいけない時間から考えても自信を持って断言させてもらうけど、でもナナリーも相当だからね」
「は?」


珍しく遠回しで理解しにくいことをスザクが云うので、ルルーシュも珍しく理解が遅れた。
これはゼロとしてスザクも一応成長はしていたということか。話術的な意味で。いや、それならはっきりと判りやすい言葉のほうが民衆には伝わりやすいのに……と話の内容をすっ飛ばして頸をひねりまくっているルルーシュに、やはりスザクが変な顔をしていたが、何やら悲痛な顔を作り出した。そう、作り出した。絶対わざとだ。


「どんな形でも良いから、いや形もなくても良いから会いたいってほとんど毎日泣いてた。なのに口では君を罵らなきゃいけない板挟みで潰されそうになってた。C.C.が勝手に君を移動させちゃって、墓をたてたとか云うのに場所も何も教えてくれないもんだから墓参りもできないし、鬱憤はたまるばかりだったよ」


確かにルルーシュは、C.C.にそれを託した。さすがに棺を運ぶのは前もってギアスをかけた人間を用意しておくか、C.C.自身が信頼する人間に任せると云って準備をしておいたが、彼女は上手くやってくれた。
実際にルルーシュはここに居るのだから墓は無意味かもしれないが、そのまま朽ちていけば良い。それが悪逆皇帝のものだとはだれにも知られないままに。
そう思っていたのだが、何故スザクが墓参りなどしようと思うのかルルーシュにはさっぱり判らない。お前ゼロだったんじゃないのか。そう主張してたじゃないか。なら悪逆皇帝とは一切の関わりを断つべきじゃないか。と云うかそもそも、お前俺を恨んでいたんじゃないのか。いや、だとすれば、墓石を蹴ったり踏みつけたりでもしたかったのだろうか。ルルーシュの頭を踏みつけたあのときのように。それなら墓を訪れたいという想いも汲み取れなくもない。


「写真も全部、徹底的に廃棄しちゃうしさ。君が皇帝だったとき、アーニャ見習って写真撮りまくって、これにしよう! って決めてた遺影あったのに。…あっ …! いや、あのときは別に、ゼロレクイエムには納得してたわけだからとっておきたいとかじゃなくてッ…! その、義理みたいなもので!」
「はぁ…?」


遺影? 確かに歴代の皇帝の肖像画や写真がずらりと並べられた広間は皇宮にあったが、そもそも帝政が終わるのに?
スザクは何がしたかったのだろうか。遺影など飾らないのは当然として……敢えて思いつくとしたら、引き裂きたかったのか。ストレス発散の一環として、殺すだけでは飽き足らず。


「会長たちが持ってる分を取り上げる気はない……と云うか遺影は皇帝のときのが良いなぁって、それくらいはあのときの僕でもそう思ったんだ。だから用意しておいたのに、なくなっちゃってるからどうしようかと思ったよ。みんなで過ごしてたころの学生のルルーシュは、僕たちのルルーシュのままなんだ。だから自分たちで持ってる分はそのまま持っていたいから、写真がないなら何とか遺品は…! って皇帝のときの衣装の装飾、しかも予備だけを何とか探し出して祀り上げたりしてさ」


あのときスザクがやけにカメラを持ち歩いていることが多かったなということを思い出した。写真が趣味になったのだろうかと思って、しかし趣味とか、今更…? この期に及んで…? 風景を撮りたくても出掛けられないくせに。それに、ゼロがそんなにカメラでパシャパシャしていたらおかしいのでは、と思ったが、覚悟はあるようだからゼロになったらうまくやるだろう。と云うか、ナイトオブゼロが死んでからは暇なのだろう。面目上はこれがスザクとして生きている時間の最後なのだからと好きにさせていたのだが、そのデータもこっそり抜き取ってやけに多く写っているルルーシュの写真を洗いざらい消去しておいて本当に良かった。
いや、それはそれとして。


「ま、祀り…? 何だ、それは……」
「神社ってこうやって御神体を祀って祈るものなんだよって教えたら、ナナリーめっちゃ歓んでた。御神体は何でも良いんだって云うと感動して、お兄様に刺繍していただいたハンカチも一緒にしてくださいって頼まれたし、枢木神社第二号なんて、お兄様は日本贔屓ですから良いですね! って。ナナリーはナナリーでルルーシュ像とか彫って、礼拝堂とか作ってたみたいだけど」
「 彫っ…そんなものに何を祈るんだ。悪魔崇拝か!」


いやそもそも崇拝は有り得ないから……地獄へ堕ちろとでも念を送られていたのだろうか。それなら気持ちは判るが、ナナリーにはそんな存在になって欲しくない。いや、もともと藁人形とかに興味は示していたけれども。施政者として民衆の歓心を得るために悪逆皇帝を罵るのは結構だが、前を向いていてほしいのに。


「いやいや、僕らの中では天使だし、」
「やめてくれ。何の慰めにもなってないし、そもそも落ち込んでもいない。お前、作り話下手過ぎだろう。センスゼロだ」


手でストップ! の形を作り頸をのろのろと振ると、スザクが妙に不満そうな顔をした。


「ゼロだけに?」
「……付き合ってやろう。そう、ゼロだけに。センスゼロだ」
「そこ繰り返さなくても良いのに……何て云うかなぁ。何この鈍すぎるひと面倒臭い、と思うと同時に、わぁこの斜めに向かって突き進んでく感じ、これこそルルーシュだ! って感動もした。とりあえず、ゆっくり判らせれば良いやってことにしておこう。話なんていつも噛み合わなかったから今更だよね。それより、フライト時間には限りがあるから。いまは、そんなことよりも大事なことがあるからどうにかしないと」


何を云っているのかさっぱり判らないが、話が噛み合わないの辺りは心底同意する。他の部分に関しては何かがスザクの中で解決した様子だったので突っ込んでもまともな返答は得られないだろうと思ったので、最後の未解決部分だけ尋ねることにした。


「……大事なことって、何だ?」
「ああ、それは……いや。でもその前に、」


……時間がなかったんじゃないのか。


「そもそも、勝手にどこかに墓をたてたとか云って僕らを騙してたこと。それは、こういう事情だったから、ね……」


背後にゴゴゴ……とでも文字が出てそうなオーラだったが、そのあたりは、当初は本当にそこに入るつもりだったのでルルーシュに騙していたという認識はない。
無表情のままのルルーシュにスザクは不審気な眸を向けたが、ルルーシュが話し出す様子もないので、不満そうな顔で口を尖らせたまま話を続ける。


「どんな形でも良い。一方的でも良い。会って話がしたい。ルルーシュが何もかも清算したことで守られた僕らにはもう、赦す権利なんてないから。ただ、謝りたかった。赦されなくたって良い。……会いたかった。ずっと、会いたかったんだ。……祀るとか、礼拝堂とかはその代わりだよ。でもそれは、そうすればきっとルルーシュに届くって僕らが必死にそう思い込んでただけだから、それはとても虚しいことだった。ルルーシュへの僕らの想いがそこにあるだけで、ルルーシュが居るわけじゃない」


さすがに、心を動かされないわけではなかったけれど。
ここで、引き摺られるわけにはいかないのだ。希望を持って、倖であれば良い。ルルーシュはただそう願っていた。なのに彼らは責任感に押し潰れそうになっていて。ルルーシュの存在を匂わせることで心労は増すだろうけれど、ひっそりと力になることくらいはできるから。こんなふうにゼロレクイエムで命を喪うことができなかった以上、彼らの眸が届かない場所くらい引き受けるから。それもまた償いであると。本来は関わりを持つべきではないと判っている。それでも……見捨てられない。苦しんでいるひとびとを。
だからゼロやブリタニアの代表になら会うけれど、スザクとナナリーに会うつもりはない。……もうすっかりスザクはスザクだけれども。


「……そこら辺は僕とナナリーは一緒の想いだから、さすがの僕も、断腸の想いで会わせてあげても良いかなって思うんだ。救われるんだよ、それだけで、僕たちは」


だってもう骨でも、その粉末でも良いのに! って思ってた君がここに居てくれるんだ。こうして、話せるんだ。
ほんのりと微笑む顔は、すこしだけ歪んでいて。
優しいのだか何かを企んでいるのだか、掴み取りにくかった。
だって言動がおかしい。おかしすぎる。変なテンションのスイッチでも押してしまったのか、よほどのストレスが解放されて変な方向に壊れているのか。


「……俺の墓なら、あるにはあるぞ」


これくらいなら良いか、と思ってルルーシュが口元に手を翳してスザクを見上げると、意外なくらい食い付かれた。


「え! どこ!? どうせ何も入ってないんだろうけど、形としてあるなら気になる」
「いや、本当に空というわけではない。あのときの血まみれの服とか入ってる」
「ぐっ…」
「どうせお前は誰にも判らない人気のない場所にひっそり、とか思っていそうだが、残念ながら、普通に公園として解放されているような共同墓地の一角だ。参ることができるのなら行ってみるが良い」


ふはははは、と嗤いそうになってしまったがさすがに耐えた。心の中だけにしておいた。


「……皇帝のルルーシュは死んだ、って。そう実感するために墓参りしたかったのに、それじゃ無理じゃないか……」


スザクが項垂れる。墓参りの理由はともかくとして、ルルーシュの思惑通りの反応なので良い気分だ。
うむ、と満足げに頷いていると、スザクがちらりと顔を上げた。


「……ちなみに、墓石の名前は何て彫ったの?」
「ジュリアス・キングスレイと」


あの名前は、一般人にはほぼ知られないままだった。


「何ソレ厭味!?」
「良く判ったな」


人の気持ちを汲むという意味での成長はしたらしい。
ただ、あのクソ爺とスザクは、C.C.のおびき寄せ方などクロヴィスでさえ捕らえることができたのだから他にも方法はあるだろうに、とっとと反逆者としてルルーシュを処刑なり何なりすべきところを、人を思い通りに動く操り人形のように扱って、上手く行かなかったからと次は人の生活をこと細かに監視・記録などしていた。そんな変態コンビへの厭味を込めたのはもちろんだが、ユーロ・ブリタニアの地で暴れていたあの人格もひとときではあれルルーシュの名前、一部分だったことは確かだ。しかも、これもまた大罪をその身に宿した。だから、ルルーシュという名前以外ではこれしか有り得ないと思った。
だれも訪れず、手入れなどされずやがて朽ちていく墓。周囲は綺麗な中で、そこだけが古めかしい。その中に入る必要がなくなったのなら、用意していたその墓はどうしようかとも思ったのだが、そのままにしておいた。仮令その中が空であろうと、あの墓はルルーシュ自身だ。生きてなどいなかったとしても、この世に皇族として生まれ出たのは確か。そして、もう居なくなった、ルルーシュの中にあった人格。その命が入った墓だ。


「へ、変装すれば行けるかな!?」
「何をそんなにこだわる。あの中に入っている命にかける言葉など何もないさ」
「 命…? 皇帝服以外にも何か入ってるの?」
「さぁな」
「……何も教えない気なら、ゼロの権限使って、『ジュリアス・キングスレイ』の墓石を探せって命令を出すよ」
「だれもその名を知らないわけではない。そして、その前では堂々と顔を晒していた。悪逆皇帝の墓だと知られて、荒らされるのだろうな。それでも良いかもしれないが」
「……良くないよ」


スザクが項垂れてぽつりと心許ない声を落とし、その表情が見えなくなった。自分だって関わった一人者のくせに。
ルルーシュが救おうと思ったのは、眸の前で苦しんでいた難民キャンプであったり、ライフラインの滞った場所で発展する様子もないまま旧時代の生活を強いられていた人々だ。それは部族によっては伝統と取れなくもないので、生活自体は変わらずにいても良いものなのかもしれないにしても、物資が不足して何の罪もない尊い命が失われる、あるいは奪い合い小規模な争いが起きる、そういう地域の者たちだ。
そのために、表にはもう出ないという決意を捻ってゼロの元にルルーシュの気配を香らせた。
ルルーシュがゼロレクイエムを終えた後になってからも、結局見て見ぬふりなどできるわけもなく守ろうと決めたのは、悪逆皇帝の所為にしろその手さえも届かなかったにしろ、ブリタニア支配から逃れられず虐げられていたひとびとだ。優しい世界の手がなかなか伸ばされない地だ。 守ろうと、助けようと決意したその中に、現在の施政者とかつての特権階級の者は入っていない。仮令それが肉親であろうと、嘗ての協力者であろうと。彼らは償いながらも、その気になれば自分で倖せを掴むことのできる立場だから。
ルルーシュがふと、あまり周囲には気取られない程度に顔をしかめたが、スザクにはばっちり伝わってしまったようだ。
ついさきほどまで頭と心の裡で蘇らせていたルルーシュの真意、それが伝わっているからこその不機嫌なのか、伝わっていないにしたらなぜ不機嫌なのか。ただ、伝わっていないならばこのまま伝えないほうが良いだろうとは思う。ルルーシュのこの考えは、いま現在ただのルルーシュとして活動しているルルーシュだけのもので、他人の見方によっては間違ってもいるだろう。その他人というのが、スザクかもしれない。それに、何故自分がその枠に入らないのかと、この調子では云い出しかねない。
スザクは何かを思い直したのか突然表情を険しいものにしてルルーシュを見下ろし、びしッと人差し指を立てた。指を差されるのは良い気分ではないが、その指先は顔ではなく確実に、先ほどから異様に反応を見せている服……胸元か腰あたり? を差している。
これがどうかしたのかと思っていると。


「まぁ良いや、とりあえずは。何よりもまずは服装だよ、服装。大事なのは」


座ったままなのに、ずっこけるかと思った。話の繋がりが判らない。
もうどこに突っ込みを入れれば良いのか全く判らなかったが、大丈夫僕は判ってるから、とでも云うかのように哀れんだ表情をされて、それが何やらムカついたのでこの場で追求することは遺憾ながらに諦めることにした。だがだからと云って、突っ込みどころはともかく疑問に思うところは解消させていただかないと気が済まない。


「……服装なんて、そんなに大事か?」


頸を傾げるルルーシュに、スザクがぱっと、いや、がばっとものすごい勢いで身を乗り出してきた。


「大事だよ! あんな悪魔みたいじゃない素の君をナナリーが眸で見るのは初めてなんだよ? トラウマを刺激させない範囲で、でも夢を叶えてあげたいじゃないか」


悪魔って。素も何も、あのころからずっと変わらず同じようなものなのに。
いや、まぁそれは良い。幼い頃はそれこそ天使のようだった俺を普通に見ていたが…とかいう細かい突っ込みもやめておこう。
それから、ナナリーの夢の内容というものもまたともかくとして。
スザクは、スザクなりに良いことを云っているような気はする。
そんなにナナリーのことを考えてくれるなんて、スザクは実は七年のあいだにナナリーへの恋慕を募らせていたりするのだろうか。ナナリーを愛してくれるひとと云うのが、スザクなのだろうか。何せ激動の時代を落ち着かせるために一番近くに居た者同士とも云える。皇帝とナイトオブゼロになったときはともかくとして、それ以前にスザクがラウンズ入りをしてルルーシュが餌になっていたときも、スザクはナナリーの補佐をしていたようだし……。
そして、いまはゼロとブリタニア代表としての立場だ。しかも幼馴染。惹かれ合うのは条理ではないか。
倫理的にはどうかと思うが、ユーフェミアと上手く行っていたスザクならばナナリーも好みだろう。けれど、スザクは決してナナリーをユーフェミアの代わりになどはしない。ナナリーは云わずもがな。敵対していたときはともかくとして、ルルーシュが傍を離れているあいだスザクを信頼しきっていた様子だった。ルルーシュだと知らなかったとは云え、ゼロの手を取らずスザクに縋ったのだから。
そう云った過去を乗り越えてきたふたりだ。
それは―――


(素敵な、ことだと……)


眸を細めたルルーシュだったが、しかし。


「かと云ってルル子はなぁ……あれもちょっとガチすぎるから、実はお姉さまだったのかもしれないって勘違いして混乱させちゃ可哀想だし、あんな正統派なレアなのあっさり見せちゃうのも何だし、そもそも見せることはできるし……いや、何にしてもレアはレアか。サプライズって難しいなぁ」
「―――待て。何の話だ」
「そう云えば男女逆転祭りの写真、まだナナリーに見せてなかったなって思っただけだよ」
「見せんでいい!」
「あのとき眸が見えたら良かったのにみたいなこと、ナナリー云ってたじゃないか。普段は気を遣う周りに逆に気を遣って、そういうことは云わないのに。夢を叶えてあげる気はないの? 数年越しだよ?」
「美談にしようとするな。あっ、あんなもの……兄の汚点を見て喜ぶわけがっ…、」
「汚点? どこが? 大体その顔赤らめて視線逸らすとかも、カメラ持ってないときにそういう顔やめてよもったいない!」
「は?」


真剣に意味が判らなくて半眼でスザクを見上げると、何故かスザクはがっかりと肩を落とした。


「切り替え早いね、残念。シャッターチャンス逃しちゃった」


カメラ、まだ趣味だったのか。武道以外の趣味には三日坊主のスザクが珍しい。生徒会の活動の一環であるガーデニングや簡素な畑に触発されたのか、園芸良いよね、と急に云い出したかと思ったら、サボテンをまさかの一週間で枯らす男だ。名前までつけていたようだったのに。その名前は絶対に教えてくれなかったが。


(……ルルーシュとでもつけて、わざと枯らしたのだろうか。だとしたら、あの頃から実は既に嫌われていたのかもしれない)


そうだとしたら、さすがにすこし寂しい。
協力し合っていたころの写真もまた、やけにルルーシュが写っているものが多かったし、文字通り焼きたかったのだろうか。火で。或いは、悪い顔さえしていれば今後ゼロとしていろいろな場面で使えるだろうと思ったからか。
そんなことを考えている間も、スザクが何やらぶつぶつ云っている。


「あー、でもアレも惜しいことしたなぁ。僕のあのアルバム、ペンドラゴンにフレイヤ落とされたときに一緒に消えちゃったからなぁ。一部持ち歩いてて本当に良かったよ」
「持ち歩いてただと!?」


聞き逃すことができず、思わず反応してしまった。
あのアルバムって何だ。あの、って。
いや、それはスザクの短い学園生活の集大成なのだろう、きっと、と思い直す。
転入したてのころ、ハイコレ、このまえのイベントの写真ね、と渡されたときのスザクは、すごく嬉しそうにしていた気がする。あの穏やかなのは態度だけであって基本何でもがさつで杜撰な管理をするスザクがアルバムなんかにまとめて、ルルーシュを売り払いラウンズになったあともペンドラゴンの居住区(……かどこか?)にまで持って行っていたのか。それならば、無くしたことを惜しいと云っているのは判る。さきほどミレイやリヴァルが各自持っているものは取り上げることができないとガキ大将らしくないことを云っていたのでちょっと感動してしまったが、それならば尚更。つまりあれは、仮令表面的に温かいだけの日びだったとしても良い思い出としてスザクの中で光を放っているのだろう。
しかし何故そこから一部抜き出して持ち歩く必要が。あるのか。ユーフェミアの写真や、ふたりで写っている写真や、学園の写真でも特に思い入れのある写真……と云うのなら、判らなくもない気がしないでも……ない、けれども!
いや、そもそもそのアルバムの中から、ルルーシュが写り込んでいる写真は総て取っ払っていたのではないだろうか、あれだけ恨んでいたのだからそれが自然だろう、と思う。せめて、ルルーシュが上手く端のほうに居た集合写真……そこからルルーシュ部分だけ切り取られているとか……そういう写真なら持ち歩く気になるだろうかと考える。それはもう、絶対に揃って撮ることのできない写真だから。
だと云うのに、この話の流れで考えると、どうにもルルーシュが絶対に辿り着きたくない方向に向かってしまっている悪寒がする。
数コンマ秒で考えが至り、写真を持ち歩くことに驚くと云うよりもドン引きで叫んだルルーシュに、スザクはきょとんとしている。


「え? うん。財布に入れて」
「ああスザクくん、お札より写真が多くてぎゅうぎゅうだったものね」
「そう云えばセシルさんにはレシートだと思われて、ちゃんと整理しなきゃって怒られたこともありましたね」


えへへ、とスザクが笑って、セシルがそんなこともあったわねぇと笑う。


「そうそう、それで、いえ写真ですよって見せてくれて納得したんだったわ。まだ高校生だった頃よ、懐かしいわね。とっても綺麗で上品な女性だったから、きっと学園のマドンナに違いないと思って憧れているのねって云ったら、狙ってるんですよ、絶対もうちょっとで落ちるはずなんですなんて云うからびっくりしたわ。まぁスザクくんたら面食いにも程があるわ、こんな高嶺の花も気にしないなんてずいぶんと自信家なのね逞しい、なんて思ったけど、まさかあれが陛下だったなんて」
「とっておきですから。一応見せたのは女装姿だけにしておきましたけど、実は他にもあるんですよ、いろいろ。コスプレ関係のとか、寝顔とかも。あっ、着替え途中とかなんてのも!」
「まぁそうなの! 見てみたいわ。陛下の写真、全部なくなったってわけでもなかったのね。じゃあその写真のおかげで救われたでしょう。いろんな意味で」
「セシルさんには敵いませんね。だからこの写真を遺影に使ったりなんてもってのほかだったんですよ。セシルさんには見せても良いですけど、基本的には門外不出です」
「見せてくれるのは嬉しいけれど、それはそうね。他には出せないわ」


……狙ってるのあたりでまさかと思ったが、ユーフェミアの写真ではなかったようだ。ではミレイかシャーリー…いや、着替え途中はないだろう。などと考えていたらまさかの自分か。落ちるとは何のことだろう。暗黒面とかそういうことか。着替え途中とかは脅し用か。
いやそれはともかく、あははうふふとスザクとセシルが笑いあっている光景にも喝を入れたい。何故堂々と仮面を脱いでそんな長閑に談笑などしている。
あのときは劣化しないように加工してくれてありがとうございました! いえいえそのくらい、当時で云えば可愛い部下が、あんなに歓んでくれたら私も嬉しいもの、という、朗らかな応酬。(内容については考えたくない)
スザクにはやがてゼロとしての重圧から解放されてほしいと思ってはいたので、これは良い傾向なのかも知れない。だがこうあっさりと変わられると今までは何だったんだとちょっと思うところも出てきてしまうわけで、何を何と云ったら。良いのか。
口調が学生の頃に戻ったなと思ったのは、セシルたちが居るから、だろうか。ルルーシュと話しているときは子供の頃か、あるいは手を取り合ってから過ごしていた時間あたりの冷たく乱暴な口調に近かったのだが。意識しているにしろ無意識にしろ妙に器用だな、と思うが、それもまた今まで殺していたスザクらしさなのかも知れないと思うと複雑だ。
いや、それよりも何よりも何故自分は、スザクに見下ろされつつ正座なんかしているのか。そんな服装、反省して! と喚かれた結果だが何を省みるべきかさっぱり判らない。そんな服装も何も、ただの仕事用だ。日びの糧と、支援物資を得るためだけのもの。
しかも、服装の系統で云うのならC.C.も良い勝負のはずなのに、彼女は同じように踊り子の服装のまま、しかしスザクには何も云われることなくこの光景を眸を細めて眺めながら、ピザを貪っているだけだ。ピザはちっとも羨ましくないが、C.C.が身を預けているあのふかふかのクッションはちょっと羨ましい。ルルーシュだって、ああいうので休憩したい。何せ―――


(腰が、いたい……)


総てはそこに終着する。
スザクの訳の判らない主張も、この状況も、腰にばかり意識が行ってしまって実のところどんなに考えたところでちっとも頭に残らない。もう何でも良―――くはないが(写真の件、これはさすがに忘れない)、とっとと話は終わらせたい。
ルルーシュに云わせれば、ナナリーには生存が伝わってしまうのは仕方がないとしても直接は会わない、会っても意味がない、この屈辱的な手錠さえ外れたらすぐに着替える、隙を見て逃げる、ハイ終わり。伝えたいことは伝え切ったのだから。
で、済む話なのだが。


「―――もう諦めたらどうだ、ルルーシュ」


呑気にピザを咀嚼している魔女がそんな無責任なことを云う。
この話に限って云えば確かに無責任でも良いかもしれないが、この後の話の内容によっては彼女も当然、当事者となるのに。


「そうですよぉ、陛下。云うこと全部聞くことはないと思うけど、この場は諦めちゃった方が身のためですよぉ」
「そうだ。楽になれるぞ、ルルーシュ」


楽とか!
ロイドと魔女が何やら結託しているが、確かにこの場での姿勢的な点では楽にはなれるだろう。しかしその後の精神的な被害は、当面のあいだルルーシュの心理状態に影響を齎し楽な生活が送れるわけなどないと思う。ナナリーに会う事も想定外だと云うのに、そんな情けない格好でどうするのか。
踊り子として働いているときは特に何とも思っていないので怒られる筋合いなどないが、さすがに普段この格好で過ごすのは際どいというのは判る。ブリタニアの、しかも恐らくは政庁でなんてとんでもない。そんななりでナナリーに会えるものか。また元の場所に戻った後も後悔が凄まじいことになる。絶対引き摺ってしまう。
精神的被害と云えば、そもそもこの手錠も。


「―――ロイド。この手錠を外したら、久々にプリンでもなんでも山程作ってやる。どうだ」


じゃらり、と腕を一振りして鎖を鳴らす。長すぎて、もう片手側にまでその揺れは届かなかった。その鎖が行き着く、スザクの手首までは。


「え! えええええー!? 本気ですか陛下!」


よし、掴みはOKだ。ロイドの顔が歓びに溢れんばかりになる。


「本気も本気だ。さすがにこの機内では環境や材料的に無理だろうが……俺も何と云うかな……そういうの食べたい。癒されたい」


こんな、スザクと手錠で繋がれてる状況なんかから逃げたい。
遠い目をしていると、セシルと盛り上がっていたスザクに勘付かれてしまった。


「あれ、ルルーシュ、お腹すいた? そうだよねあんなに運動して、あのあと急いでたから碌に食べてなかったっけ。喉も痛いって云ってたのに、あの匣の中じゃ点滴と携帯食くらいしかあげられなかったから、確かにプリンは良いかも。でも君の云う通り、手作りはまた今度ね。疲れちゃうでしょ? いまは休まなきゃ。既製品ならここにもプリンありそうだし。 ―――と云うわけで、ロイドさん……」
「あー、ダメだこれ。陛下、すみませぇん」


スザクの顔に怯んだロイドに、軽く謝られる。


「ロイド!」


ルルーシュは、所詮貴様は付き合いの長いスザクの味方か! という顔を向けたが、その意図はしっかりとロイドに伝わったようだ。割合本気で申し訳なさそうな顔をした。スザクよりは空気が読めるらしい。そして一応、ルルーシュの顔を立てる気になったのかスザクに向き直った。


「でも僕は、ゼロじゃなくて陛下に仕えた部下だからねぇ。ランスロットのデヴァイサーの存在は確かに大事だけど、実戦で活躍する機会がなければ意味がない。そこを陛下はだれよりも汲み取ってくださった。と云うわけで、とりあえず他のプリン用意するなら、僕のもよろしく〜」


じゃないと退かないからねぇ、と云うが、しかし。


「判ってますよ。それくらい、安い賄賂だ」
「あっは! 君、絶好調だねぇ」
「おかげさまで」


好調と云うのかコレが、とルルーシュは項垂れた。
C.C.が愉快でたまらんと云わんばかりの表情でピザを頬張る。


「相当鬱憤がたまっていたんだろう。弾け飛んだらなかなか元には戻らんぞ」
「倍はかかると思った方が良いですねぇ」
「とすると、七年……いや、八年の倍か? 当面の人生計画が埋まったなルルーシュ」
「バカか貴様ら!」
「バカとはなんだ、この私に向かって」
「十六年如きでどうにかなると思うのか!?」
「「…………」」


C.C.とロイドが微妙な顔をして黙り込む。


「大人になればなるほど性格の矯正など不可能だ! 落ち着くものか、ロイドを見てみろ!」
「さっすがにそれは酷いでしょ陛下ぁ」
「それでもきっと恐らく頑固の代名詞であるスザクよりはましに違いない!」
「……熱くなっているところ悪いが、ルルーシュ……」
「なんだ、C.C.」
「お前の後ろに閻魔が居るぞ」
「野暮なことを云うな、折角考えないようにしているのに!」
「……お前も大概テンパってるなルルーシュ……」


呆れたC.C.の声の続きに、閻魔の声が背後から響く。


「可愛いよね。でも確かに、もうそろそろ落ち着いて欲しいなぁ。もしかしてテンション高いのはアレかな、気圧の関係かな?」
「俺には何も聞こえない。聞こえないのならば存在しない。ああそうだ、こんなものも意識しなければないと同じ!」


手錠をじゃらりともう一度振る。その瞬間身体に奔った痺れのようなものについては考えないことにする。


「幽霊じゃないんだからさ……そう思いたいならそれでも良いけど、実際外すの無理でしょ」
「幻聴に返事をするのは甚だ遺憾ではあるが……仕方ない。そこの幻聴、舐めるなよ」
「往生際が悪いなぁ。その流し眸はすっごく良いけど、舐めてなんかないよ。ルルーシュは器用だから普通の鍵くらいは開けられそうな気もするけど、ロイドさんに頼んだ特注品だからね、コレ。で、ロイドさんが外さないって云ってるんだからさ」
「この俺の腕の細さを!」
「そこ!?」


その瞬間、勢いをつけてふりあげれば、ぎッと厭な感覚はしながらも何とか抜け出すことはできた。脱臼くらいはしたが、仕方ない。思ったより痛かろうと、そのうち治るものだ、そんなものは。


「あー!! ま、マジで抜け出しやがった…!」


スザクが、いや幻聴が、膝をついてまで嘆く。そこまでのものか、と思うが。
ふふん、と笑ってみせれば、ものすごい昏い眸で顔を上げるスザク、いや、幻聴と眸が合ってしまった。


「―――まぁどうせ、飛行機の中じゃさすがに逃げられないしね。束の間の自由を愉しめば良いよ、ルルーシュ」
「ならば、俺にもC.C.みたいなクッションをくれ!」
「え?」


強気だったスザクからぽかんと表情が消える。


「腰が痛い。つらい。ずっとつらかった」
「あ、ああ…ゴメン、気が利かなくて……」


テンションも下がって、ルルーシュの主張を大人しく聞くようになった。一体何に呆気にとられたのか、反省のための正座だったというあたりは忘れてくれたようだ。


「まったくだ。そんなことじゃモテないぞおまえ。あんなにセブンさまセブンさまってモテてナンパ対決までしていたくらいだったのに、勘が鈍ったか?」
「なんだよ勘て……ナンパ対決はジノに巻き込まれただけで僕にやる気なんかなかったし。そもそもいまはゼロだし、僕。どうでも良いよ。たったひとりに想ってもらえればそれで、」


スザクがどこか陶酔したような表情で眸を伏せ、胸に手を当てた様子にルルーシュは ピン! ときて確信した。


「何…? やはり……そうか! そうなんだなスザク! 応援してやる。ああ、いや、俺が余計なことをすると良くないだろうから、協力というより純粋な応援になってしまうが……頑張れよ、スザク!! いや、もう頑張るまでもないかもしれないな!」
「……ごめん。すごく厭な予感するんだけど。僕、散々云い聞かせたはずだよね?」


ルルーシュの周囲にC.C.以上にぱふぱふと座りごごちの良い柔らかいクッションや羽毛ぶとん(何故飛行機に)が敷き詰められていくと、ルルーシュがにこにことこれ以上にない笑顔で安心したように姿勢を崩した。それを思わず眺めてしまうスザクが居る。
―――いや、しかし。直前の台詞をスルーして良いものかどうか、いや良くないだろうとスザクは迷っていたが、ルルーシュはそんなものはどこ吹く風、ひとつひとつのクッションを抱いて、抱き心地や座り心地を確認して良いポジションを模索している様子で、何だかんだでスザクも手伝い始めた。


「ルルーシュの天然に振り回されるスザクというのも面白いな」
「さすがに本来の意味で我に返ったみたいだねぇ。スザク君……いや、ゼロ? いやいや、幻聴だったかな?」
「少なくとも閻魔ではなくなったな」
「閻魔かぁ。まぁでも、外見だけの話だよねぇソレ。いままで自分に会わなかった陛下を散々怒って詰って、るふりして、陛下の格好と相変わらずの美貌に照れて顔真っ赤にしてたあたり」
「―――ロイドさん。それ以上余計なことを云ったら二度とプリンが食べられないと思ってください」
「わぁ怖ぁい」


腰の痛さはそのままにしても、体勢的に大分楽になったルルーシュはほっと息を吐いてそんな会話など聞いちゃいない。
そして、やはりそうなってくると、どっと疲れが身体に押し寄せてうとうとしてきてしまう。ロイドの作った匣はあくまでも生命が維持できればそれで良い急ごしらえのものだったし、酷使された腰を抱えた身体は匣が揺れまくって治るどころじゃないし、その後は正座させられるしでもうずっと辛かった。そこから解放されたのだ。
もういっそ、話もどうでも良い。意識が遠のきそうなルルーシュを、スザクが覗き込んでくる。


「ルルーシュ……寝そう? ゴメンね。まだフライト時間はそこそこあるし、寝ちゃって良いよ。相当無理させたもんね」
「まぁスザクくん……できればその辺り、じっくり聞かせて欲しかったりするのだけれど」
「そうだな。セシルの同志としてはそこは気になる」
「僕はさすがに良いやぁ。と云いたいところだけど、陛下に無体なことしてないかどうかは聞いておかなきゃなぁ」


意味の判らない会話に、セシルたちまで参戦してきた。しかも何故そこにC.C.までもが入るのか。
いや、スザクへの質問だからルルーシュが理解する必要はない。しかしこれではいつ起きられるかという状態だから、いまのうちに肝心なところは伝えておかなければとルルーシュは意識を繋ぎ止めた。


「ナナリーに会う、のは、もう仕方ないとして……」
「ん? ああ、諦めた?」
「と云うか、コレ。降り立った先にナナリーが出迎えに来てるとかそういうオチだろう、どうせ」
「バレたか。ゼロの遠征のとき、いつもはお時間あれば、って感じで来たり来なかったりだけど、今回は来ないと後悔するよって云っといたから絶対来るよ」
「それもう脅しじゃないのか……」
「いや、元々救世主の噂から、断言はしてなかったけど明らかに気にはしてたから脅しどころか吉報だと思うよ。それに最近の僕とナナリー、結構こんな感じ。最初はナナリーが吹っ切ったみたいだから僕は戸惑ってたんだけど。結局すぐに厭味の応酬って云うか、お互いルルーシュに関して譲らないで闘ってるって感じになっちゃった。闘いって云っても会話の水面下でっていう静かなものだけど。自分しか知らないルルーシュエピソードで相手悔しがらせる的な」


C.C.以外の全員が頷く。まさかのクルーまで。


「…え?」
「…………振っ切れて壊れたのか」


呆然とするルルーシュに、呆れた様子のC.C.。


「云い得て妙、って感じかなぁ」


C.C.の台詞に、スザクが苦笑しながら頷く。


「ッオイ、まさか、報道陣までは居ないよな!?」


我に返ったルルーシュがはっと、そこだけは! と起き上がる。


「ん? ああ、そこは規制するようにしてある。さすがにね。知ってるのは僕らだけで良いから、迎えは最小限で、って。むしろゼロの帰還を知られないようにね、って。そしたら、ゼロはまた他の場所に行っていることにしてくれたみたいだし」
「準備万端じゃないか……まぁ良い。というわけで、ナナリーに顔をみせることはやぶさかではない」
「話はしてあげないの?」
「……鋭いな。いやしかし、そういうつもりでもない」
「え、そう?」
「交換条件だ。おまえは、俺とナナリーを会わせて、話をさせたいんだろう?」
「まぁ……そうだね。会わせたくない気持ちも正直なくもないけど。独占欲的なアレで。でもナナリーが、人の眸があんまりないところでお兄様って切なそうに呼んでるところに何度か遭遇してるから、仏の心で」
「……仏か? いや、まぁそれはともかく。ナナリーと会うなら、普通の服をくれ。それが条件だ」
「え?」
「おまえの予備で良い」
「……せっかくそんな格好してるのに」
「そんな格好で良いのかと悩んでたのはおまえじゃないか」
「そりゃそうなんだけど。どうせなら驚く要素いっぱいあっても良いかなぁって思ったり思わなかったり」
「思わないで良い。最初からこれはどうかと思うぞ。話が長くなるだろう。もしどうしても見せたいのであれば、段階を踏んでからにすれば良いじゃないか。と云うか、そうすべきじゃないか」


いまのナナリーの意思を汲んだ上で、と云えば。
もちろんナナリーの意思など、そんなもの見たくないで終わるだろうから即刻処分するつもりで、その上すぐにでもブリタニアを去るつもりだからナナリーの前で着ることはないだろうけれど、という本心を包み隠して。


「! …そうだね! それに良く考えてみれば、ゼロ服以外の、僕の部屋着を貸すってなると、もうそれ彼シャツだった。いまは僕の方が体格も良いし、それはすごく良い」
「……鼻血に気をつけろよ枢木……」
「ご忠告ありがとうC.C.!」


呆れたようにピザの欠片を頬張ったC.C.にやけにスザクが素直に御礼を云う。ルルーシュには機内の温度はちょうど良いが、もしかして露出の多い服に合わせてすこし暖かくしてくれていたのだろうか。だから基本的に体温の高いスザクは鼻血が? などと悶々と考えているルルーシュを更に呆れたように見ているC.C.に、あの、とセシルが話しかける。


「実際問題、あちらよりもブリタニアの方が冷えますし。C.C.さんには、私の服で良ければお貸ししましょうか? ホテルでランドリーに出していますから綺麗なはずですよ。C.C.さんは華奢ですから私のでは大きいでしょうが、スザクくんの云う通り人の眸はあまりないので。すみませんが、そこは我慢してください」
「ん? ああ、そうだな。こちらこそ悪いが、貸してもらおう。以前は拘束着かルルーシュのシャツ一枚で歩き回っていた身だ、セシルの気遣いなど瑣末事だな」
「そうですか? 私の私服は地味なものが多いですから……特に今回は。C.C.さんには、いまの衣装ほどではないにしても華やかなものが似合いそうですのに」
「基本的に、隠れて生きてきた身だからな。それほど服装には拘りがないんだ。―――にしても……せめて私たちの荷物くらい持つ暇をくれれば良かったのにな。そうすれば、いつも通りルルーシュのシャツを私が羽織れたのに」
「―――C.C.、さすがに僕も君と争いたくはないんだけど」


セシルが荷物からC.C.用の服を見繕って女子トークをしている中、不機嫌そうなスザクの声が割り込んでくる。


「そうか? わたしは気にしないぞ。喧嘩上等。いつでもウェルカムだ」
「……そうなの?」


強気のC.C.に若干スザクが呆気に取られたようにしている。C.C.は面倒事は好まないと思っていたのだろう。しかし、C.C.はそれを有り余って好戦的だ。


「おまえがゼロに徹しているあいだ、わたしはずっと、ずううぅぅっと、ルルーシュの傍に居続けたわけだからな。貴様に恨まれてもしかたのない身だ」
「……覚えてろよC.C.!」


スザクが顔だけ振り向いてC.C.に捨て台詞を吐く。


「それよりは、ルルーシュの着替えを手伝って自分のシャツを羽織らせることが大事なんだなおまえ……」


うきうきとした調子でルルーシュの踊り子の服を脱がせているスザクに、呆れたC.C.の台詞が投げられる。


「だってもうルルーシュおねむモードだから。そもそもこの服じゃ寝るとき寒いし、横になると装飾が痛かったり引っかかったりするだろうからね。やっぱり気が利かなかったな。甲斐性のあるとこ見せないと、こんなんじゃ呆れられちゃう。ルルーシュのためを思って、ここはシャツじゃないと、僕の大きめのシャツじゃないと」
「……羽織らせるだけでも十分じゃないのか」
「装飾が痛そうなんだってば。にしても、コレ本気で下半身のほう際どいよね。やっぱりスラックスも要るかぁ……生足隠れてもったいないけど。ナナリーこそ鼻血出しちゃいそうだからなぁ。でも生足……。堪能してから、飛行機降りる直前に履かせれば良いか」
「……世紀の英雄ゼロがもうただの変態にしか見えんな……」
「どーうかぁん!」
「確かに、否定はできませんね……。一応応援していた身ではありますが、ちょっと引いたわ、スザクくん……」


呆れたように会話をする三人の会話はルルーシュにとっていまは遠い。
腰の酷使と精神的にあまりに疲れていたのか、起きたときにはすでに飛行機は着陸体勢に入っていて、さすがに既に諦めていたこともあり逃げる気にはならなかったけれども。
何故かまた匣に入れられて、どうにも飛行機から出されたらしいと思ったら何故かスザクに横抱きに抱きかかえられたまま出されそうだったので抵抗しまくっていたら、気付いたら目の前に現れていた咲世子がスザクにアッパーカットを決め、解放されたルルーシュが相変わらずの咲世子の腕前に感動しているあいだに、リボンを持ったナナリーの前に立たされていた。つまり、スザクから逃げたはずなのに結局咲世子に横抱きにされてしまっていた。しかし、ナナリーは何故やけに長いリボンを手にしているのか。
いや、それよりも。
ナナリーに抱きつかれて涙→お説教→監禁のコンボを食らうとは思ってもみなかった。抱き返しはしなかったけれど、お説教は思っていたものとは違ったし、甘言まで囁かれ……いや、泣き叫ばれたし、監禁も、独房とかではなかったので混乱しきりだ。
ちなみに、ルルーシュが閉じ込められたやけに豪華な部屋に困惑しているあいだにスザクにはしっかり写真をナナリーに見せられてしまっていたし、ある日眸が覚めたら近くでナナリーがまじまじとルルーシュを見つめていて、何事かと思ったら気付いたら踊り子の衣装を着ていた、というところまでがセットだ。
しかもだれの入れ知恵か、それともたまたまなのか、監禁と云ってもただ内装が豪華なだけの普通の部屋なのに、出入り口に魔除けが施されていて逃げるどころか出入り口に近寄れもしない。おかげで最初に同じ部屋に放り込まれたC.C.も同じ状態のままなのでそれは助かり、逃げ出す算段の相談こそしていたが、総ては机上の空論で終わりだぞと云われるばかりだ。
外のニュースも自由に見て良いとずいぶんと緩い監禁だったので、さすがにパソコンはくれなかったが、癖になっている世界の情勢くらいは把握しようとテレビと新聞をチェックしていたら、ルルーシュを連れ去った辺りの地域でゼロ放逐運動とか始まったらしい。何となく莫迦らしい理由であることは予想できるが、笑えない。
ゼロのあのやり方ではそりゃそうなるだろうな、と思って、戻りたいんだがとしおらしく云ってみたがダメだった。スザクがこれを期にゼロ引退とか良いよねなどと云い出したので、それは良いのだが、なぜかルルーシュの手を握ったまま、真っ直ぐな眸で宣言してくる。
もしやこれは、引退後ナナリーを倖せにするからくださいという兄への挨拶か? と聞いたらスザクに大泣きされ、ナナリーにはさすがにルルーシュでさえ可愛いと思えない顔をされ、C.C.は未だかつてないほどスザクに同情的な顔を見せていた。ロイドだけは爆笑していたので、同意を得られたんだなと思ってプリンを作ってやったのだが、またやけに長い手錠を出してこられ、ルルーシュ側の拘束部は腕時計か! と突っ込みたいほどにぴったりだった。プリンを作ってやったのにロイドは外そうとする気配がない。
部屋に閉じ込められて以降は、どうせルルーシュが物珍しいだけだろうと飽きるまで好きにさせていたのだが。どうにか手錠を外せないものかと試行錯誤していた次の日、眸が覚めたらウエディングドレスなど着せられていたときだけは、悪趣味にもほどがあると渾身の力を振り絞ってびりっびりに引き裂いておいた。
そのとき、部屋の外でスザクとナナリーの、水面下どころではない闘いが起きていたことなど知らない。引き裂いたドレスとカーテン、シーツで縄をつくり、力の弱そうな魔具を何とか引き剥がして、そうすれば手錠だって鎖部分を引きちぎることくらいはできる。もっと楽ができるはずだったのに、ここまでとは思わなかった、とよく判らない言葉を紡ぎ妙に協力的なC.C.と共に脱出に成功。
さすがに元の場所に戻っては、ゼロの放逐運動が沈静化してルルーシュの居場所など丸分かりになってしまうので、違う場所に潜伏するしかなかったが。
その後のゼロとナナリーのやり方や表情はすっかり変わって、ゼロは仮面があるから顔は見えないにしてもその身体から放たれる輝きが違ってきたと当初の目的を果たしたルルーシュは大満足だ。
ふたりがこのときばかりはと結託して、それこそ水面下でルルーシュとC.C.の居場所を探らせていると気付くまでは。





匣にかけられたリボンはたぶん緑(厭味)