HEAVEN'S LOST.
正に小春日和と云った気候の中、窓を開け切ってひたすら手元のプリントを覗き込み、ただ話を聞いているだけでは確かに睡眠の誘惑にも負けるというものだ。
議長席を中心にずらりと生徒の並んだ体育館内部。そのステージの袖からルルーシュはそっと顔を覗かせて、船を漕いでいる人数を意味もなく数えた。議長席はステージ側ではなく、ステージに向かって右側、体育館の側面に据えられていて、当然生徒たちの座る椅子もそこを中心に並べられているのでルルーシュの存在が見つかる可能性はほとんどない。
そう思っていたら、正に議長席の左右両側に並んだ委員席に落ち着いていたミレイとばっちり目が合ってしまい、しかもウインクをされたのでルルーシュは慌てて引っ込んだ。
その弾みですぐ後ろに居た人物を跳ね飛ばしてしまい、無抵抗且つ力の弱いその人物はものの見事に吹っ飛ぶ。更にその後ろに控えていた者にすぐに支えられたが、ここで騒ぐわけにはいかないルルーシュは悪かったとは思いつつもほっと胸を撫で下ろした。
ルルーシュの突然の動作によって兄の威厳を奪われたはずのゼロは、しかし弟にはひたすらに甘いので特に注意することもなく、むしろルルーシュの行動の意味を気にしていた。
「……どうした?」
「ミレイに……いや、先輩か。ミレイ先輩に見つかった」
「相変わらず目敏いな」
「若しくは、あいつ自身が暇を持て余しているか……だろうな」
ルルーシュが呆れたように肩を竦めれば、ゼロも「ああ、そうか。そっちだな」と苦笑しながら頷いている。もちろん小声だ。体育館の中はマイクを通した声が響き渡っているので、そんなに気にする必要もないとは思うが、念には念を。いま正に話題にされているミレイから、口煩く云われていたことだった。
「しかし、私たちをこんなところに閉じ込めて……ミレイは一体なんのつもりなんだ」
いまは生徒総会という、部活動や委員会の予算編成の審議を行う場らしい。さきほどから色々な部活名を背負った部長が入れ替わり立ち替わりマイクの前に立っているが、このアッシュフォードどころか学校自体初めて通うルルーシュたちに、彼らが話している内容はいまいち掴みにくかった。
しかも、転校初日だというのにそこには参加させてもらえず、こんなところでただミレイからの合図を待っているよう言及されてしまったからには尚更、学校というものに早速不安を覚え始めても仕方のないことだろう。大体、その合図が一体なんなのかも聞いていなければ、合図を皮切りに何をすれば良いのかも判らない。
仮令普段自信に満ち溢れたゼロであっても、不安を抱いてしまう気持ちにはルルーシュも心底同意できた。
「俺、ミレイから学園で色々イベントを企画してるって聞いたことがある。なんでも学生生活に華を添えるためとかなんとか……」
「イベントだと? だがそれで何故私たちが?」
カーテンが閉め切られたステージは昼間なのに薄暗い上に埃っぽい。完全に温室育ちのゼロはかなり気に入らないのか、暗くてもそれと判るほど不機嫌そうに表情を歪めていた。実のところルルーシュはこういったあまり綺麗とは云えない空気にも慣れているのでなんてことはないのだが、それを云うとゼロの不機嫌バロメータは最高潮に達するので、その辺りに関しては口を噤んで苦笑した。
「転校生って珍しいものだろ、きっと。しかも兄弟とは云え三人一気に、なんてそれこそ滅多に無いことなんだと思う。だから、無駄に仰々しく紹介でもするつもりなんじゃないか?」
「有り難迷惑だな……静かに目立たず生活したいのに」
「生徒会長がミレイって時点で無理だろう、それは。潔く諦めろ。なんにしても最初のうちは騒がれるだろうから、抵抗しても無駄だと思うぞ」
「全く……それならやはり入学の時点から許可を下ろせば良かったものを」
頭の固い連中め
じろり、とゼロはそれまで話に入れず不安そうに成り行きを見守っていたロロを睨みつけた。そう云えばロロは先ほどせっかくゼロを支えたというのに、ルルーシュしか目に入っていなかったゼロは御礼も何もしていないのではなかろうか。その上そのゼロに睨まれるとは。
あまりに理不尽な、とさすがのルルーシュも思ったのだが、ロロの存在に関してはルルーシュが口出しして良いものかどうか判らないので何も云えない。兄弟として振る舞わなければならないのに、これはまずいな、と今更ながらに思う。だが、それでもやはり距離は測りかねていた。ゼロの弟というだけで(もちろん、皇族ということもあるのだろうが)ロロがいちいち恐縮してみせるので余計に。
「あ、あの」
ロロはゼロに睨まれて、それだけでびくりと身を竦ませ、慌てたように身ぶり手振り何か弁解しようとしている。しかし、口をぱくぱくと動かすだけで何も言葉にはならなかった。
大体、ゼロとルルーシュがここエリア11に留学することに対してなかなか許可を下ろさなかったのは兄弟である皇族や以下大臣たちであったり、喬団の幹部であったりするので、ロロは全く関与していない。ただこうして決定した後に、ゼロの身に何かないか、若しくはゼロが何かしでかすのではないかと異様に脅える喬団の者によって遣わされただけの、ただの監視役兼ボディーガードだ。元より用心棒的な存在として喬団に身を置いていたらしいが。
「……あんまり、ロロばかり責めるなよ」
さすがに憐れんで思わずフォローを入れてしまったルルーシュだったが、ゼロは更に不機嫌そうに眉を寄せ、ロロは驚いたようにぱっと顔を上げルルーシュを見遣った。
え、と思うまでもなく。ゼロが仰々しくルルーシュを振り仰ぎ、拗ねたように口を窄ませ片手を振り上げる。
「ふん、判っているさ。八つ当たりだ」
……そんな自慢にならないことをなんて堂々と。しかも動作が大袈裟すぎやしないか。
その身体にいつものマントが見えるような気がしたルルーシュは思わず目を凝らしてしまったが、当然ながらゼロは今はルルーシュと同じただの制服姿だった。
「あのな……お前、ロロをなんだと、」
「で、殿下!」
「え?」
いくら監視役という存在自体を邪魔に思っていたって、その個人に対しその態度は良くないのではなかろうか。しかも、ロロはルルーシュよりも年下だし、何より喬団に入る前は行く宛のない孤児だったと聞いている。
そりゃゼロは元々ルルーシュとちがい、他の皇族たちさえ(そう、危害などほとんどないユーフェミアのような存在さえ)ルルーシュとナナリー以外は認めないようなところがあったけれども。
それでも、これから皇宮や喬団の本部よりもずっとずっと狭い家で、兄弟として、家族として過ごさなければならないのに。
あまりにも容赦のないゼロの態度を諌めようとしたルルーシュだったが、しかしその行動はロロ自身によって止められた。ロロは大声というほどではないにしても声を張り上げてしまったことに自分自身で驚いたのか、きょろきょろと脅えたように視線を彷徨わせたが、何事もないことを悟るとルルーシュに向かい気丈に微笑みかけた。ただしやはり怖がっているのかどうか、腰は引けていたけれども。
「僕なら大丈夫です。その、枢機卿猊下のお側でこうして喬団のお役に立てるだけで……」
「ロロ……!」
きゅんときた。
なんだろうかこの小動物のような生き物は。こんな人物、ルルーシュの周りには今まで全く居なかった。しかも良く見てみると、ロロの髪は短いけれどもふわふわしていて、ナナリーの髪と似たような感触ではないだろうか。
全くそれに対し、ゼロの態度のなんと非道なことか。
瞬時にそんな結論に至ったルルーシュはロロに歩み寄って、その頭をぽんぽん、と優しく叩いた。ルルーシュが手を振り上げた瞬間、ちいさく脅えたように縮んだ身体に哀しくなって、それには気付かないふりをして。
「……殿下……?」
「ルルーシュ、だ」
「え……?」
「俺だってゼロのことを兄だろうがゼロと名前で呼んでいる。俺たちはこの学園に来たときから、既に兄弟だろう? そもそも身分は隠すのだから、殿下や猊下というのはまずい」
「それは判っています。任務ですから、失敗はしません」
「そうじゃないよ。そうじゃない……」
哀しい子だ、と思う。ロロの任務に関してはルルーシュは関与できないが、これくらいは赦されるだろう。何せルルーシュも関わっていることなのだから。
ルルーシュはロロと初めて顔を合わせたときのことを思い出した。そのときは既にロロは監視役として派遣され、弟として共に暮らすことが決定していて、正直他人と一緒に暮らすのは面倒だと思っていた。それに、ルルーシュは元々喬団の面々があまり好きではなかったし。
けれど、緊張した面持ちのロロと挨拶を済ませた後。さて俺のプライベートまでは関与するなと云うべきかどうかと迷っていると、おずおずとロロが口を開いた。その、言葉が
「……面倒だな。おい、ロロ」
「はッ、はい!」
記憶の波に身を委ねていたルルーシュと、そんなルルーシュに戸惑ったままのロロをただ見ていたゼロが徐に口を開いた。
それにロロはびくりと顔を上げ、ルルーシュも我に返り何を云うつもりかとゼロを胡乱気に見遣る。ゼロの機嫌の良いときなんてルルーシュやナナリーと一緒にお茶を飲んでいるときくらいのものだが、それにしたってこの状況も相俟ってイライラしているようだったので、今度こそ八つ当たりは止めてくれと心から願う。恐らくルルーシュのこんなささやかな願いなど、口に出さない限りゼロに届くことはないのだろうが。
「ルルーシュの言葉の裏くらい読み取らんか。普段から貴様に兄と呼べ、と云っているんだ」
「は……? あの、え?」
「ここでは私たちは貴様の兄、つまり家族だ。いくら貴様が任務を優先させるつもりでいたって、咄嗟のとき襤褸が出さないためにも、日常から気をつけておくべきことだしな」
「しかし、猊下や殿下に対しそのような態度は……」
「全く、すっかり毒されているな。折角あんな堅苦しいところから抜け出して来たんだから、もっと開放的になれば良いというのに。よし、ならばこれは命令だ。私は枢機卿としてロロ、貴様に命じる。私とルルーシュをこの学園に、いやエリア11に居る間は兄と呼ぶように」
「は、はい……」
「返事が甘いな」
「イエス、……ユアハイネス」
迷った末にロロはそう答えた。確かにゼロは皇族の血を引いていながら今は皇族として地位を持っているわけではないのだし、迷うところだろう。どうやらゼロがルルーシュがそう望んでいる、とやけに強調するので、ルルーシュの立場に合わせたらしいが。なるほど、なかなか利口な子だとルルーシュは思った。こんな大役に抜擢されるほどだ。未だに恐縮してばかりの様子に順応性は微妙なところだと思っていたが、とりあえずゼロの扱いについては既に心得ているらしい。良いことだ。
さて、ルルーシュもこうなったからには、普段からしっかり兄弟としてロロと関わりを持たなければならないだろうと腹を括ることにした。どうせ兄弟は元々多く、血が繋がっているとは思えない(思いたくない)者もたくさん居るのだ。兄弟として扱う相手がひとりやふたり増えたところで、そう気にすることでもない。ゼロにしては上手く説得してくれたと思うと同時に、ゼロなりにロロを可愛がるつもりはあるらしいと感じたことだし。
(それに……)
『僕には今まで家族が居たことがないので。その、上手くできるかどうかは判りませんが……任務なので、精一杯演技します。恐縮ですが、もし奇妙しなことをしてしまったらすぐにご指導頂けますでしょうか』
絶句して、了承の言葉を返すだけで精一杯だったあのときの自分が恨めしいくらいだ。あの初対面のときからずっと、ルルーシュはロロにどう接するべきかルルーシュなりに思い悩んでいた。
その答えはまだはっきりとは出ていないけれど、ゼロの命令に頷いた後でちらりとルルーシュの方を窺うロロにそっと微笑みかけてやる。
「そうだな……“兄さん”あたりが妥当かな?」
「え」
「まぁそうだろうな。男の兄弟なのだし、“お兄様”ではあまりにも……」
ルルーシュの言葉を引き継いだゼロが若干愉しそうな気配を滲ませてそうつづけた。そんな一般的な感覚がゼロの中に養われていることにルルーシュは一瞬驚いたが、小声で「ナナリーを思い出す」と呟かれたときは色々な意味で納得してしまった。
「あとは“兄上”か? 貴族の者が多いと云うから、不自然ではないだろうが、ちょっと堅いよな」
「そうだな。面倒だから、名家ではあるものの貴族ではない設定にしてあるし……」
「ああ。と、云うわけだロロ。これから俺たちはお前の中で“兄さん”だ。さぁ、云ってごらん?」
ルルーシュが僅かに腰を屈め視線を合わせて微笑みかけると、ロロは頬をすこし染めてルルーシュとじっと視線を合わせていた。ああ、短い間ではあるけれど、こんなに真っ直ぐこの子が自分を見てくれるのは初めてだな、と思う。孤児だと云うし、皇族との関わりはないのだろうが……こうしてみると、皇族特有の瞳の色にちかい色合いをしているんだな、と気付いた。これなら外見はひとりちがうとは云っても、兄弟として違和感はないかも知れない。
そしてロロがちいさく頷き、口を開こうとした、正にその瞬間
「さぁさぁ皆様お立ち会いぃぃ!」
「「「―――は?」」」
突然、甲高い声がそこらじゅうに響き渡り、ロロの決死の一歩前進の瞬間は遠退いてしまった。
ルルーシュとゼロも何事かと今までロロに据えていた視線を意味も無く頭上へと移す。当然、ただその声が流れて来たスピーカーがあるだけだったが、なんとなく恐る恐るそこから次に飛び出す声に身構えてしまった。
「……ミレイか? 一体なんなんだ」
困惑したようなゼロが、いま居るステージの脇から様子を窺おうとカーテンに手を伸ばしたのだが、ちょうど良いタイミングで再度響いたミレイの声によって遮られた。
「もー生徒総会なんて眠いだけの行事はうんざりよね! どうせ予算はこのミレイさんが握ってるんだしー」
あまりに愉しそうな叫びに、既にマイク越しの声は割れていたが、すぐに響いて来たブーイングのような同意のような生徒のどよめきに思わずルルーシュたちは身を引いた。悪意のあるものではなかったが、とりあえず声量が凄まじい。大人数相手に前に立つのは慣れているのだが、このような騒ぎになることはまずないので不覚にも驚いてしまう。
「まぁまぁ。その代わり、ってワケでもないんだけど、皆には学園生活を愉しく過ごしてもらうために色々画策してるじゃない。今回も、全校生徒の集まるこの絶好の機会を私が見逃すはずがないのよ。そ・こ・で!」
ぞくり、と背筋に奔った悪寒は気の所為だろうか。気の所為であって欲しい、と思う気持ちに対しあまりにも現実は残酷で、今まで綺麗に閉め切られていたカーテンがいきなりさっと開かれた。と云っても中央部分だけだったが、袖に居るルルーシュたちにとってはそれだけでも暗闇に慣れていた眼に外の陽光が眩しい。
眼を細めてその開けられた部分を見ると、ミレイがマイクを持ってそのカーテンの空洞部分から奥に入り込んで来た。そしてちらりとルルーシュたちと視線を合わせ、しーっと口の前で人差し指を立てる。それがもうちょっと黙っていて、のサインだと判断したルルーシュはもっと下がった方が良いのだろうかと思ったのだが、ミレイはぱっと会場の方に向き直って、マイクを構え直した。
「まぁこれは私の功績ではないんだけどー……良い機会ってコトで。噂ばっかりが先行してて都市伝説っぽくなっちゃってたみたいだけど、皆さんお待ちかね、転校生を紹介しまーっす!」
想像してたとは云えやはり派手すぎる紹介に、普通は教室でクラスメイトだけを前にして紹介されるものだとばかり思っていたルルーシュは頭を抱えた。見れば、ゼロも同じような反応をしているし、ロロはもう胸の前で手を組んで泣きそうだ。
そんなロロに声でも掛けてやろうかと思った瞬間、すさまじい怒号や悲鳴にふたたび身構える。キャー! という女生徒らしい甲高い悲鳴や、うおー! という地鳴りのような逞しい雄叫び。なんなんだこれは……と思っていると、ミレイが「どうどう」と云って手で押さえる動作をした。なんであんなに落ち着いていられるのだろうか。心底不思議だ。
やがて騒ぎが一段落した頃を見計らって、ミレイが勢い良くこちらを向いた。
「さ、待たせちゃったわねー。出て来て頂戴!」
厭に明るい笑顔なのが気になるところだが、このままここに留まってもどうせ引っ張り出されるだけだろうと早々に諦め、ルルーシュはゼロの背中を押した。年長者が最初なのがセオリーだろう。ゼロも判っているらしく、素直に歩き出す。するとミレイは「素直でよろしい!」とマイクなしで頷き、またマイクを持ってもう片方の手を振りかざした。
「リヴァル、スザク! さぁガツッと幕を全部引いて!」
(―――スザク?)
ルルーシュの姉妹よりももしかしたら命令し慣れているミレイの様子に肩を竦めつつも、その女王然とした台詞の中に聞こえた名に首を傾げた瞬間、ざぁっと視界が一気に開ける。あまりに急に視界が鮮やかになり、しかも数多の視線を受けてルルーシュは思わず目の上に掌を翳した。いや確かにミレイは事前に宣言していたが、それにしたって色々急だしむりやりすぎる。
そう呆れ半分で思ったところに、ふたたび響いた悲鳴。ただし今度は、圧倒的に女生徒の高い声が中心だったが。
(……それはそうだ)
別に自分がどう見える、とかではなく、男子に騒がれるのは基本的に気持ちが悪い。皇族という立場上、男に傅かれることも敬愛されることもあるが、学校と云う場所で、しかも身分も隠して、ということであれば意味がちがってくるということはさすがに判っている。
「んっふっふー、美形揃いでしょー? 男子も実はちょっとぐらっときちゃうくらいでしょー?」
考えていた内容が内容だっただけに、タイミングの良過ぎる、しかし意味合いの悪過ぎるミレイの台詞には吹き出すかと思った。横で強張ったゼロの気配が怖い。が、ミレイのこの突拍子の無い台詞回しに慣れていることも事実だ。そして突っ込めば突っ込むほど藪蛇に向かうこともとっくに了承済み。しかし、その後つづいた男子による好意的な野次は予想外のあまり気が遠くなりかけた。
「実はこの子たち私の昔からの知り合いでねー、放っておくと素っ気なく名前だけ云ってハイ終わり、ってなるに決まってるから、私から先にぱぱっと紹介しちゃうわね。不満だろうけど我慢して! 転校生にいきなりこんな全校生徒を前にして紹介させるのも酷だしね」
ミレイはそのまま、舞台の横の方で歩みを止めていたルルーシュたちに近寄り、まずはゼロの腕を掴んで前に立たせた。呆気に取られつつも遠慮なく「なにをする!」と叫んだゼロの怒りも綺麗にスルーだ。素晴らしい。見習いたい。
「そうだ、この手前のふたりとかは見れば判ると思うけど、一応云っておくと、三人は兄弟なの。だからファミリーネームはみんな一緒のランペルージ。で、この彼が長男のゼロ。ゼロは私と同じ、二年生よ。顔が怖いんだけど、コレいつもだからあんまり気にしないでね。あと口調も偉そうなんだけど、長男気質ってことで赦してやって」
良くぞはっきり云ってくれた、ゼロが普通の生活を送るにあたりルルーシュが一番気にしていた懸念材料を……と思っていると、しっかりばっちり聞き咎めたらしいゼロがぴしぴしと青筋を立てているのが判った。ああこれは後で荒れるな……と、見直しかけたミレイを瞬時に恨む。
が、すぐにゼロを解放し今度はルルーシュを引っ掴んで来たのでそんなことを考えている余裕も奪われてしまう。
「で、この子がルルーシュ、ルルちゃん!」
「んなあッ!?」
そんな変な渾名で呼ばれて、もし定着してしまったらどうする! と思ったのだが反論する前にミレイは捲し立てていた。
「ゼロと良ーく似てるから間違われるんだけど、双子じゃないの。ルルーシュはいっこ下の一年生だから、まだ他の皆も入学したばっかりだし上手く溶け込めるかしらね。ゼロとの違いはルルちゃんの方が若干態度が柔らかいってコトくらいだから、皆間違えないように気をつけてね! でも敢えて云うなら、そうねー……。ゼロが王様、ルルーシュが女王様って覚えておくと判りやすいかも。私から云わせるとルルちゃんの方がずっと可愛いから似てないと思うんだけどー……あら、腰もゼロよりずっと細いわね」
する、と掴んでいた腕を放され、腰を掴まれる。「ほわぁ!」と叫んだがミレイは全く気にしていなかった。
「おいミレイ、それ以上はセクハラだぞ」
「既にセクハラだ!」
ゼロが庇ってくれたので思わず兄を尊敬と期待を込めた目で振り返ったのだが、ぼそりとつづけられた「羨ましい」という台詞に一気に萎えた。
「もう、ノリ悪いんだからぁ。じゃあ次、ロロ! ロロは中等部の二年生なんだけど、兄たちと離れちゃって不安だと思うからフォローよろしくね。群れから逸れちゃったハムスターみたいでしょー? もしくは寂しいと死んじゃうウサギちゃん」
ハムスターは群れないしウサギも別に寂しさで死んだりしない。が、ロロとは昨日が初対面だったはずなのにちゃんと昔からの知り合いとして、ルルーシュたちの紹介のときとトーンを変えないミレイに感心してもいたので、ゼロもルルーシュも激しい違和感を感じつつ突っ込むような野暮な真似はしなかった。
「さ、紹介はさくっとこんな感じにしてー、ここで本題。私としては知ってる仲ってこともあって、ちょっと中途半端な時期だから、この子たちには早く溶け込んで学園生活満喫して欲しいって思うわけよ。そこで! 突発イベント開催ー!」
片手を高く頭上に振り上げたミレイに、異様な盛り上がりを見せた生徒たちが「おー!」とつづく。いきなりな展開にルルーシュはついていけずに「は?」と首を傾げた。
「別に何にも準備してないから、ここは判りやすく鬼ごっこね! 鬼は皆、逃げるのはこの麗しの転校生たち! 捕まえた人には真っ先に彼らに名乗って顔を覚えてもらう権利と、あとは各先着1名様には命令権をひとつ与えちゃおうかな」
「「「……は!?」」」
「あら息の合った反応。そんなわけで、ゼロ、ルルーシュ、ロロ! 君たちはもし捕まったらその人の顔と名前、ばっちり覚えるのよ。そしてちゃんとその人物から命令を聞いて、その通りにしなさい! さて生徒諸君、判ってると思うけど、命令権って云ってもその一回で終わるようなものにしてね。三人とも男だから男子生徒諸君は盛り上がらないかも知れないけど、一応云っておくと編入試験をパスしたくらいだから頭は良いし、知り合っておいて損はないと思うわよ。でも、じゃあ命令権だけは生徒会役員に代打させても良っか」
「「「「「えええええ!?」」」」」
わりと近くで聞こえた、人数はすくないにしてもかなり戸惑いに揺れたこの声は生徒会役員だろう。しかし可哀想に、と思う余裕はいくら残酷なほどの博愛主義と評されるルルーシュとていまは残念ながら持ち合わせていない。
「困っているいたいけな転校生の助けになるのは、学園を代表する生徒会役員として当たり前! あなたたちはランペルージ兄弟を逃がすべく協力しても良いし、逆にいち生徒として捕まえる方に走っちゃっても良いわよ!」
困っているも何も、困らせているのはミレイ自身だ。が、何故か異様な盛り上がりを見せたこの場は、不満だらけのルルーシュたちと恐らくミレイ以外の生徒会役員を除けば、下手に口出しできないような期待感溢れる空気に満ちていた。
「さぁランペルージ兄弟! まだ学園の構造も判ってない貴方たちには10分の猶予をあげるわ。なんて優しい私かしら!」
「おい、ミレイ……」
ゼロが咎めるように一歩前へ進み出たが、綺麗さっぱり華麗にスルーしたミレイはさぁ! とルルーシュたちに向かってにこやかに微笑みかけた。
「ずっと椅子に座りっぱなしで暇を持て余した私たちの鬱憤を晴らすため、果敢に至難に挑んでくれるスケープゴートたち! 張り切ってお逃げなさい!」
突っ込みどころが多過ぎる台詞に最早何も云えない。が、心なしかじりじりとステージに近寄ってくるような気がする生徒たちの固まりを前に、ルルーシュたちも僅かに後ずさりをして……
「制限時間は君たちがスタートして、10分後に他の生徒が動き出してからさっくりと30分! よーい、スタートォ!!」
元気の良いミレイのかけ声に釣られて、反論したい想いを余所に思わず一目散に走り出していた。
ああナナリー、転校初日から、お兄ちゃんは早速世間の荒波に揉まれているよ……
見上げた空に可愛いナナリーの可愛い笑顔が浮かんで、「がんばってください、お兄様」という声が聞こえた気がしたルルーシュは既に失速しているっぽいゼロの腕を引っ掴んで慣れない土地を走り抜けた。