「……アイツは、どこの所属なんだろ」 普通はそのひとによって専門とする学問があるので、通常なら必ず所属の研究室があるものだ。 968番の場合はオールラウンダー的に特化した頭脳のおかげでどこにも縛られることなく、様々な研究室をふらふらと気ままに漂っているのだが。 だからもし向こうが気付いてくれたとしても、こちらを見つけるのはなかなか難しいかも知れない。968番は各所で色々騒ぎを起こしては消えるので、目立つと云えば目立つのだが。何しろ、ここは凄まじく広いのだ。 「綺麗な、目だったよな」 もう一度会いたい。ここを楽園とも地獄とも見ていない、澄んでも濁ってもいないあの目に、もう一度、会いたい。そうしたら、968番の気持ちも晴れるかもしれない。 ここに来てからこっち、他人に対してそんなことを思ったのは初めてだった。 逃げる一瞬前、均衡していた試合は気を削がれたことで凍結したが、968番はちょん、と彼の目を盗み、ボールを蹴った。惰性のようにのろのろと転がったボールは、それでも持ち主の目を掻い潜り968番のゴールへと辿り着いた。 彼は拾うときにそれに気付いたはずだ。968番の勝利のまま中断された、その試合の行方に。 もう一度会ったら、勝者として彼への命令を決めてある。勝負がつくまでつづきをするなら、それも良い。 彼はちゃんと逃げ果せただろうか。 一体何の研究をしているのか、しかも研究が厭なのかどうか、そこまでは判らない。それでも彼は同類だと、その確信があるから、968番はどうしても彼に会いたかった。 ともかく、いつまでも逃げられるわけでもないし、このままここに居て折角の逃げ場が見つかっても堪らない。 それに、ここへ来たのは、968番自身の意思だ。ならば、ここの掟には従わねばならない。息抜きはもう充分しただろう。968番はむりやり自分を納得させると重い腰を上げ、のんびりと身体を伸ばすと、目下の仕事として任されている物理学研究室へと向かった。 扉を開け放った瞬間に香る、それ自体が黴付いたような空気に、やっぱりやってられないと、そう思ったけれど。良い息抜きを見つけたから、もうすこし耐えられるだろう。不思議とその予感があったから、968番は毎度御馴染のお小言を聞き流し、専用のデスクへと向かった。 |