ストレンジライフ








まずい、と思ったときには既に落下していた。
此処は自分を狙いやすい高層ビルも鬱蒼と茂った木々もない、単なる住宅街だ。
そのことから、恐らく自分を撃った狙撃手は割と離れた場所に居ると考えて良いという事実が、唯一の救いだろうか。
ああ、それにしても全く以てすこぶる腕のいいスナイパーだと思えるくらいには余裕があった。
だが、体勢を持ち直し、尚且つ墜落の衝撃に耐えるられるように凧の向きを直すことは不可能だった。
つまり、アレだ。地面と平行になっているべき凧の先は真っ直ぐに地面に垂直に向かっているし、その向きを直すことなどこの地面との距離ではとても出来そうにない。
とどのつまり、自分の身体は凧ナシで生身の身体で落ちるよりも、かなりの増スピードで地面に猛突進してるわけだ。
そんな状況なら、勿論今落ちている場所もかなりヤバいことに気付く筈などなかった。
ただ単に、ああこのままだと凧の先が地面に突き刺さってかなり間抜けな格好で墜落することになるなぁ、なんて莫迦なことだけをぼんやりと薄れ掛ける意識の中で遠く思っていた。



































そして、次にまずい、と思ったとき、自分は何故か柔らかな布団の中に居た。


「……此処は?」
「ああ、目覚めたか」


未だにぼーっとした頭で、独白のように吐いた台詞に何故か返答が返ってきた。
それに意識が格闘されてその声がした方へと顔を向けてみれば、今度は微妙に違う意味でまずい、と思った。


「名、探……偵?」
「おー」


些か、否、かなり戸惑い気味にその名を呼んでみれば、呼ばれた張本人はひとこと、返事と呼べるのかどうかも判らない呟きを返してきた。そして自分の額に置かれたタオルを取り、絞り直すと云う一般的には恐らく看病と呼ばれる行動をしている。
この、ある意味での無反応は何だろう?


「何?」


ぼーっとしてる間に彼はまたタオルを自分の額に乗せ、飄々とした態度でそんなことを聞いてくる。


「何って…」
「今呼んだだろ?」
「呼んだって云うか……驚いただけ、で……」
「ふーん?」


あれは別に返事を期待した上での呼びかけではない。思いがけない人物が其処に居たことへの驚愕に対する、それこそ独白である。
しかし、話がないのかと云われればそんなことはないのだ。
寧ろ聞きたいことだらけである。
と云うか先ほどの呼びかけの中には無意識とは云え様々な疑問と問いかけが含まれていて、そんなことが判らない彼ではないだろうに。
しかし目の前の名探偵殿は、どうやらそんなこと気付いているのにお構いなしなのかそもそも気付いていないのか、簡単に自分に巻かれた包帯をチェックすると少しだけ満足そうに笑った。


「ま、まだ朝にもなってねーしもう少し寝てれば? まだ辛いだろ?」


それは、確かに。
幾ら普段から身体を鍛えてるとは云え、飛行中に撃たれてそのまま猛スピードで落ちてくればそれなりのダメージを受けていて当然である。


「……ココ、名探偵の家?」
「何だオメー。何処に落ちたかさえも判ってなかったのか」
「……よく助かったな、俺……」
「ああ、そりゃな」


俺が助けたんだから、とか云われたらどうしよう、と思ってキッドは身を強張らせた。
しかし、そんな警戒など何処吹く風。探偵は飄々とした態度を崩さずにいる。


「そりゃなって……」
「藁の上だったから。お前が落ちた場所」
「わ、わら……?」
「おう。ホントに悪運強いとしか云いようがねーな」
「何でそんなものが……」
「今うちの庭にあるんだよ。知り合いの子供らが学校の収穫祭だか何だかで藁使いたかったらしいんだけど、この家の庭くらいしか纏めて置けるようなトコないんだってさ」


ナルホド、と納得してしまって良いものなのかどうか。
空から落ちてきた自分を受け止めるクッションとなったくらいなら、それなりの量がある筈だ。そして、そんな量の藁など普通に考えて住宅街などに有るわけが無い。そもそも置く場所がないし、それにあれは結構匂いもあるのだ。普通の家になんか置けないだろうし、その点このだだっ広い家の庭ならそんな邪魔にはならない。

って云うか、そう云う問題じゃないし。


此処に来て、ようやくキッドは自分がすべき尤も重要重大な質問を思いついた。


「あの、さ。名探偵……」
「うん?」
「何で……俺を助けた?」
「何でって?」
「だって、俺らは敵だろ? 怪盗を助けて、名探偵が得することなんて何もないじゃんか」
「……じゃあ、今すぐこの窓から投げ飛ばしてやろうか?」


綺麗な笑みでそうあっさりと告げられる。その怪我人に対する冗談のような台詞はどうやら本気らしい。何の不純物もない瞳がそう語っている。
いや寧ろ本気でからかっているのかも知れないが。
窓が閉まっているので此処が何階なのかは分からないが、例え1階だとしてもこの怪我で窓から投げ捨てられるのは勘弁して欲しい。
しかし目の前のこの探偵、このままではいかにも実践しそうで怖い。というよりも、普通この状況では「警察に突き出す」という発言が出るべきなんじゃないだろうか。そもそも此処で手当てをされてあまつさえこんな綺麗なベッドに寝かされてるのは何故だろう。
いやしかし。
そんなことを云ってしまえば本気で今すぐにでも見放されてしまいそうだ。
流石に今この状況は辛いし、悪意と云った類のものは、とりあえずは感じられない。


「……スイマセンありがとうございます……」
「ん。ついでに『お世話になります』っての加えとけ」
「は?」
「このまま逃げることなんて出来るのか? 別に良いけど、俺ん家の庭で死ぬのだけは止めてくれよ」


後始末に困る。そう続けられてしまえばキッドも苦笑するしかなかった。


「いや……って云ってもさ、名探偵にとっては俺は犯罪者で、警察に突き出したいような存在なんじゃないの?」
「別にドロボーには興味ねぇし」
「そーゆー問題?」
「つーか、お前そんなに通報されたいわけ?」
「ちち違う違う! 探偵のお前に助けられるなんて、拍子抜けしちまって……」


どうも調子が狂う。これでは言葉遊びをしているようなものではないか。
しかし、どうやら怪盗を助けた理由を説明する気の全くなさそうな新一には、これ以上聞いても無駄そうである。さすがは現場で唯一自分を楽しませてくれる存在。返ってくる言葉も早いし、うまく躱されているような気さえする。


「つーかな。どう通報しろって言うんだよ」
「どう、って?」
「『怪盗キッドを捕まえました。今自宅に捕らえています。』か? それとも素直に『怪盗キッドが僕の自宅の庭に倒れてました。』とか云うのか? 勘弁してくれ。間抜けすぎる」
「……それって俺が? 名探偵が?」


はっきりと「間抜け」などと言われてしまい、おずおずと聞いてみればやはり新一は即答した。


「両方だよ」
「さいですか……」


てっきり自分のことだけかと思ったので些か拍子抜けはしたものの、以前変わらぬ新一の淡々とした物言いの態度にキッドは悲しくなる。


「キッドを捕らえておいて自宅に連れてくのは変だし、日本警察の救世主とも呼ばれる俺の家に怪盗が落ちて来たなんざ云えるかよ。みっともない」
「まあね……」
「これで分かったろ? 大人しく看病されとけ」
「はい……」
「ついでに云わせて貰うと、お前口調崩れてるぞ」
「だから、拍子抜けしたんだってば……」
「ふーん?」


一応の返事を返してはいるものの、新一は何処か釈然としない様子だった。
しかし、今のキッドにはそれにいちいち反応を返している余裕もない。例え、新一がキッドのその素に些かショックを受けているとしても、だ。

こうして、探偵と怪盗の奇妙な同居(?)生活は始まったのだった。











原作から普通に考えれば出会うことのない二人ですから、
快新になるまでの過程を模索するのはひどく楽しいです。
という話でした。

しかしそれにしても藁はないわー自分…(笑
ええと、帝丹小学校は都会だから自然に慣れ親しもうという教育理念の下、
とりあえず小さく皆で畑や米なんかつくちゃったりして年に一度収穫祭を行ないます。
育てた野菜を使って皆で料理をつくったりとか。
その際、苗を植える際に必要な藁の提供場所を快く提供してくださった方として
来賓として招待される工藤新一。
小学生にも大人気、ついでにお母様方までムダに押し寄せてくる。
そんなミーハー連中から新一を必死で守ろうとする少年探偵団。
冷笑する哀、何故か付いて来る快斗。マジックを披露して校長から何らかの行事の際に招待されたり。
そんなどーでも良い裏展開。