笑う、微笑う、咲う







俺は大丈夫

だから 笑って……?

それだけを望んで 此処まで辿り着いたんだ































今日という日は、毎年必ずこの場所に来ている。
どんな用事があっても、どんなに天候や調子が悪かったとしても、変わらずに毎年必ず此処へ来る。

これは自分自身が決めたこと。
言わば、自分との約束。

ここは彼が朽ちた場所ではないけれど。
遺体が埋まってるわけでもないけれど。

ここは最期に彼と会った場所。




今日でここへ来るのはもう、5回目。



一人、時間よりもずっとずっと早く来て、"あの場所"に佇んでいた。
自分はこんなにも変わってしまったのに、此処の景色だけは変わらない。
それこそ永遠のようだった。




「黒羽くん。やっぱり来てたのね」
「志保ちゃん……」


泣きそうに歪む頬を、今しがた目の前に現れた少女はそっとその白い掌で包んでくれた。


「ダメよ。貴方は笑ってないといけないんだから」
「うん……」


「それが、あの人の願い。あの人の、倖せ」
「志保ちゃんは、あれで倖せだったの?」
「……貴方は違うみたいね」


見れば、彼女も泣き笑いのような表情をしていた。
そんな表情、見せないでよ。
俺だって必死に我慢してるんだから。


「傲慢だと、思わない……?」


彼は総てを持ち去ってしまったのに。
彼のいない世界が真っ暗だなんてこと、彼自身が一番よく判っていたはずなのに。
それでも笑っていてと、彼は云った。
儚い笑顔に乗せて、何とも傲慢で、無慈悲で、身勝手で、我が侭で。


「そうね………でも、彼は笑っていてくれたから」
「笑って……?」
「そう、私はそれだけで倖せだったわ。少なくとも、あの瞬間はね……」
「……そっか」


彼女が彼に対して抱いていたのは、自分と同じ恋心。唯少し違っているのが、彼女のそれは無償の愛であることだ。自分は、きっとこんな穏やかな想いは持てないだろうと思う。




だって、そうだろ―――?

誰にともなく、問い掛ける。人を好きになれば、貪欲になってしまうのが常と云うもの。快斗は、それが人の性だとすら思っていた。
なのに、目の前の彼女は、愛する人が笑っているだけで倖せだと言う。そんな綺麗な想いを持っていれば、自分も綺麗でいられたのではないだろうかと思った。それは勿論、彼女のその想いが、愛する人を手に入れられなかった負け惜しみなどではなく、心からの想いであると知っているから。


「……綺麗なんかじゃないわ」


快斗の心を見透かしたように、志保が云う。


「綺麗なんかじゃ、ないのよ……」
「うん……」
「綺麗なのは、あの時消えてしまった彼の方」
「そうだけど。それでも、志保ちゃんだってずっとずっと綺麗だよ」
「…・そうかしら」
「そうだよ」
「でも、貴方のその言葉は自分を卑下しているように聞こえるわね」
「……」
「貴方は、笑っているわ。だから、綺麗よ。大丈夫」




何もない空間。
何処にもない場所。
風の音が木霊するばかりの場所で、彼女の声だけが静かに、しかし確かに響き渡った。





―――ああ、本当に。
やはり彼は傲慢だ。
笑っていてだなんて、そんな勝手なことを、今まで見たこともないような綺麗な笑みで云うから。
こんな想いを向けられていて、それでも何が足りなかったと云うの。

答える声などないと判っていながら、それでも毎年訊ねつづけている。








中途半端っぽいですがここまでで終わり。
ちなみに“彼”が死んでしまったのかどうか、二人にはそれすら判っていません。


世界は住人のココロなど我関せずにいつまでも輝いていて、
そして廻りつづけてるから。
大丈夫、今日も心からわらっている。