※映画『銀翼の魔術師』ネタバレあり |
「よッ!」 「…………」 「何、そんなイヤっそーな顔しなくてもイイんじゃねーの?」 「……何しに来やがった」 大抵、奴の仕事で顔を合わせた後は挨拶なんかしないのが通例だ。 特に何もない夜、月が綺麗だとか云う、そんな理由で気紛れに姿を見せてはまた消える。接点なんてそのくらいのものだろうと思っていたのに。 しかも今目の前に佇むその風貌は、見慣れているようでその実一度もこの眼で見たことはない姿。 当然だ。鏡や写真、メディア以外で、こんな風に自分が目の前に立っているシーンなんて普通は見られるものじゃない。 「まあまあ、なかなかイイ趣味だと思わねぇ?」 「全くの逆だ。そもそもお前は俺をイメージダウンさせる気かよ」 「アレ、落第点?」 俺的にはかなりなりきってたんだけどーなどとほざく、その顔は間違いなく俺のもので、だけど偽者で。実際こうやって実物を立体的に見ると、俺ってこんな顔してんだなーとか思って。 「……お前、消えろ」 「え?」 「消えろよ、マジで」 「え、何ソレ。切なーい」 「悪趣味なんだよ」 「……アレ、もしかしなくともホンキで怒ってらっしゃる?」 声が似てるなーとは、薄っすらと思っていた。アレが地声なのかどうか、コイツの場合かなり疑わしいものではあるが、けれど実際とんでもなく若いのは確かなようだし、それなら今の声が一番似つかわしくはあるだろう。 声が似てると云うことは、イコール体型が一緒ってこと。恐らく、コイツは本当に変装するまでもなく俺に化けることが出来るんだろう。 ―――俺がどんなに手を伸ばしたところで、更に遠ざかる俺自身に。 自分のことを見上げるだなんてひどく滑稽だと思って、それを敢えて悟らせる目の前の人物が本当に憎らしかった。悲しい哉、人が殺意を覚える瞬間ってこんなんかも、とまで思う。 コイツは一体何処まで俺を侵食する気だろう。 「……怒らせるつもりじゃ、なかったんだけどね」 「の割には楽しそうだったな、随分と」 「いやーだって慌てるコナンちゃんが可愛くてさー」 「……監獄よりも、殺されるよりも恐ろしい生き地獄ってのも、確かにあるよな」 「ゴメンナサイ。でも判ってんでしょ? 別に俺、変装してないよ」 「だからムカつくんじゃねぇかよ」 「んー……何か、今俺に何されてもムカついちゃう感じ?」 「その辺の鋭さだけは認めてやるよ」 「あー、は、は……」 何が楽しいんだよコノヤロウ。 そう悪態付くと、ヤツはあろうことか腰を屈めてきやがった。本気でコイツは俺をおちょくりに来やがったんだろうか。 「ん、じゃあ今日は帰ろ。他の変装の用意してきてないし」 「は? じゃあ何か? お前はその姿のまま街フラつくつもりか?」 「ちゃんとその辺は気を付けてますー。目暮警部にだって、名探偵については何も云わないように忠告しといたし」 「当然だっつの。大体あの後のフォローもナシに姿消してんじゃねぇよ」 キッドは現れない。しかも自分自身のやり方でやるとか云った工藤新一は姿を消してる。ついでに云えば、いつも捜査の邪魔をする江戸川コナンまで。俳優をキッド扱いしたことで混乱の最中の現場とは云え、こんな子供の身体で一体どれだけのフォローをすれば良いって云うんだ。 こんな、信用に足りないガキの身体で。 「だーって名探偵が何とかしてくれると思ったんだもーん」 「お前、とりあえず頼むからその顔でその口調で話すのだけは止めてくれ」 「良いじゃん、可愛いくねぇ?」 「何処がだよ」 「名探偵、もちっと自覚するべきだと思うよ」 「自覚してるから、俺は評判が良いんだよ」 「ワオ。良いよね、気の強い美人って。俺かなり好きなんだけど」 ホントにコイツだきゃあどうしてくれよう。 大体、何しに来たんだマジで。 「あ!」 「ああ?」 「俺はめーたんてー一筋だよ?」 「あ?」 「だから! 嫉妬しないでねってコト」 「はい?」 「そんなに機嫌悪いのって、やっぱり蘭ちゃんとかあの女優構ったりしてばっかだったからかなーと思って」 「……ホントにお前は俺を怒らすことに関しては天才だよな」 これでもめいっぱいの嫌味を込めたつもりだ。 なのに、奴はあろうことか俺の目を細めて笑った。 「良いね、ソレ。名探偵の心に入り込めるの、俺だけなんて」 「……巫山戯んな」 「あーあ、でも違ったんだー。てっきり嫉妬してくれてるもんだと思ったのにー」 「…………」 「ゴメンゴメン、冗談」 戯れも此処までだと悟ったらしい。 手を上げて降参のポーズをしてきたコイツは、本当に引き際だけは弁えている。 「で?」 「うん?」 「結局お前、何しに来たんだ」 「ああ、何だそんなこと?」 「そんなことってお前な……」 「捕まえられに来ちゃいましたv」 「……あ?」 「だって名探偵、終わったら捕まえてくれるって云ってたじゃん」 ……何を云っているんだコイツは……とまたからかわれているのかと思ったが、思いの外瞳が切羽詰ってたので拍子抜けした。 ああ結局、コイツも同年代の単なる若造なんだと思って。 俺は今までの、数々のキッドの犯行を思い出していた。 「……今捕まえてどーすんだよ」 「それもそーだよね。自分捕まえるのなんてヤだよねー」 「判ってんなら帰れよ。とっとと」 「ハイハイ。じゃーまた今度の機会ってコトで」 そう云って溜息を吐いた一瞬間、目の前に佇む俺は白い装束を身に纏っていた。 トレードマークの片眼鏡のないその様は、まるでKIDのコスプレをしてる俺自身だ。 「……キモイ」 「え、また落第点ー?」 しょーがないなぁと呟いて、やっと見慣れた(ってのも嫌な気分だ)いつものキッドに戻って一安心する。 「もーちょっとさ、別れを惜しむとか、ないの」 「ガキはもう寝る時間だろ?」 「……そーでした」 フザケたことを云ったキッドは、俺の言葉に楽しそうに笑って、その翼を広げた。 「折角来たのにつまんないなー。結局、名探偵怒らせて終わりだったし」 「おりゃ暇潰しかよ」 「まさか。楽しみに来てるんだよ」 「ああそーかよ」 「今度は逆に名探偵捕まえに来よっかな」 「あ?」 「たまには良くない? 追う立場と追われる立場、逆転すんのも」 「……バカじゃねーの」 「あはは」 そーだね、と云って背を向けたヤツは、良い加減帰ることを決めたようだった。 つーか、敵に背を向けてんじゃねーよ、バカが。 今回はどうやって消えるつもりか、まさかこんなトコロから飛び立つつもりじゃあるまいし。 方法は判らないが、ヤツがいつもお決まりのキザな台詞を吐く直前、俺は先手を打っておくことにした。 ……何やってんだかな、俺も。 「おい」 「え、何?」 「腕はもう平気なのか?」 「え……?」 あからさまに驚いた顔は初めて見たかも。その上、その嬉しそうな顔は何なんだ。 「……管制塔、空港の待合室、共に建物の損傷は少なからずあれど死人は出てねぇ。あの事件の被害者、牧 樹里たった一人だ。そりゃ軽症人はあるけどな。俺たちゃ少しかじったとは云え飛行に関しちゃ素人で、プロですら不安がるあの天候だ。あれだけで済んで、幸運なんだよ。俺たちが命預かった乗客は皆、無事だった。中には罵倒するヤツが居るだろうが、そんな謂れは何処にもねぇ」 あからさまに明るく振舞うキッドは、必死に何かの傷を隠して見せまいとしてるガキのようだ。それで何で俺の許に来たのかは知らないが、俺に出来るのは此処まで。 じゃあな、と未だ呆然としているヤツに今度は俺から背を向けた。 「……名探偵」 「あ?」 「アリガト……」 「知らねーなぁ」 「もーホント、捕まえて連れ去っちゃいたい」 「あっそ」 アホなコト云ってんのはもう無視。 夜は更けて、宿敵同士が顔を合わせて密会するには静寂が深すぎる。もうこれ以上相手することもないし、ランプの消えた部屋の闇の奥へ、まるで逃げるように姿を隠した。 暫くして、漸く外の気配が消えたことに安心して知らず詰めていた息を吐く。 「……バカじゃねーの」 次、会うのはまたヤツが引き起こす窃盗事件か何か。 それでも、おっちゃんの許に依頼でも来ない限り、俺には関係ないんだ。工藤新一ならいざ知らず、こんないち小学生がヤツと関わっていること自体、特殊なことで。 「ホントに、バカ……」 もうとっくに、この心はあのバカ怪盗に捕まってるってのに。 何だかヤツのいない日常に物足りない気がする俺も、わざわざ宿敵に顔を見せに来るアイツも、どっちもバカで救いようがない。 目的、志を一つにして向かい合った今回の出来事にこっそり胸が躍ったことなんて、本当、どーしようもないんだ。 |