多分オレは、ずっと、ずっとひとりで生きてたんだ。
会話をしてても、レベルの違う中でひとり浮いたように、所在なさげに突っ立って、その輪の中に入れてくれと、必死になってたんだ。
オレも普通の高校生なんだぜ、って、キッドやるようになってから普通とも云えなくなっちまったけど、それでもオレはどこも飛び出てなんかいない、皆と同じ高校生なんだぜ、って。
これを云っちまったら高校生らしくないなんて思っては出掛かった言葉を堪えて、知識の幅を抑えて、多分こんなもんだろうってレベルに合わせて、そんなオレはきっと能天気の仮面の下でものすごく必死だった。
オレはでもずっとそうなのだろうと思ってた。
もしかしたら大人になっていつか不自然だと云われない日がくるかも知れないとしても、オレは別にアインシュタインになりたいわけじゃないし、ずっとこうやって騙し騙し、楽しいふりして生きて行くんだろうと思ってた。


けどオレは出逢った。
小学生なのにオレの会話に付いて来てくれるヤツと、ひょんなことから出逢ってしまった。
まあソイツももちろん普通の小学生なんかじゃなかったけれど、そんなことはどうでも良い。とにかく、省きまくり専門的すぎなオレの会話に、当然のような顔をして付いてこれるようなヤツなんて、オレは初めてだった。


ゾクゾクしたんだ。
ほんとに、居てくれてありがとうって思ったんだ。
人間嫌いになりかけた時期も正直あったけれど、ぶっちゃけ人類まるごと滅んでしまえとか親父が死んだときとか思ったけど、コイツが生きてくれてたならあの願いが叶わなくて良かったと思った。
気張ることもなく、気をつかうこともなく、寧ろ知識を競い合っていられる相手なんて初めてだ。
そんな相手がこの世に存在するとは思わなかった。居たとしても、それはきっとオレが何かを諦めて総てをひけらかしたとき、白衣なんかを着てコンピューターだか試験管の前だかで皮肉な笑いを浮べながら出逢うのだろうと思っていた。
でもコイツはオレと同じように、普通の世界の中で普通じゃない自分を持て余して生きてたんだ。
オレは奇妙しくなんてないんだ、って思った。
コイツとならオレは普通でいられるんだと思った。


救われた。
救われたんだ、オレは、確かに、コイツに。






































「とゆーわけで、そんな気持ちを言葉ではなく行動で示したくてさ!」
「ああ、オメー文才はねーもんな……」
「何ソレ! この天才に向かって何たる暴言!」
「何を云う。オメー無駄にIQあるくせに会話はぼろくそにヘタじゃねーか」
「うっ……」


まさにその通りだ。
まったく、良く見抜いてくれる。
別に語彙が貧困なわけではない。寧ろ豊富すぎるほどだ。
けど、特に頭の足りない話し方をする幼馴染なんか居るせいで(アイツも別に頭悪いわけじゃないのに)、低レベルな会話ばかりしかしてこなかったオレは、伝えたいことを伝えるのが相当ヘタだった。
逆に相手が高レベルだと、通じるだろうと勝手に判断して説明を省く。そりゃ省く。思考回路も何もあったもんじゃないレベルで省く。
でもオレがいつまで経っても判りやすい会話ができないのは、それでついてこれるどころか先回りの回答を得てしまうコイツが居るからなんだ。ということにしておこう。


「まあ、それはそれとしてだな」
「うん」
「―――コレは一体、何の騒ぎだ」


今オレたちの目の前には、普段シックに統一された色合いの工藤邸のリビングが、色とりどりに塗り替えられた姿があった。
その前でオレはうきうきとしていて、新一は何だかげんなりとしている。


「え、だから、オレの感謝を目に見えるかたちで示そうと思ってさ」
「それは聞いた」
「なら判るでしょ?」
「判ってたまるか……いや、いやいや。それはこの際良いとしよう」
「あ、判ってくれたー?」
「とりあえずは、な。だけどな、それが何でこんなメルヘンなことになってんだよ!」
「だからー、生まれてきてくれてありがとう、って」
「それだけのために?」
「それだけじゃないよ! 大事だよ!」


誇らしげに胸を張るオレとは対照的に、新一はものすごく疲れたような顔をしている。
え、何でだろう。昨日は早めに寝かしつけたはずなのに!


「だからって、なぁ」
「可愛いでしょ?」


“新一くんお誕生日おめでとう”の垂れ幕に、輪っか繋ぎに、ペーパーフラワーに、キラキラ(名前知らない)に、ついでにクリスマスツリーの飾り付けも出してきたりして、力作揃いだ。少年探偵団(哀ちゃんまで引っ張った)に手伝ってもらった。広すぎる部屋のせいでそれだけじゃ物足りなかったので、物置で発掘した万国旗までかけてみた。
何故一般家庭(一応)に運動会並の万国旗、という疑問はこの際スルーだ、スルー。
もちろん料理も凝った。昨日から下ごしらえして頑張ったんだ。
そんで疲れてる新一の頭の上には、パーティー用の紙製の三角帽。新一は自分からは絶対被ろうとしないだろうから、そっと被せてみたりした。(うん、さすがオレプロデュース、結構似合ってる!)


「……可愛いか?」
「可愛いよ。皆の想いがね」
「……快斗?」
「―――もしかして、迷惑だった?」
「まあ正直片付け面倒くさそうだとは思うな」
「ぐ……」


しゅんと、上目遣いで訊いてみたのに、返って来たのはあまりにも無慈悲な回答。(しかも即答)
そうか、オレの方が身長あるから、上目遣いがガン垂れにしか見えないんだ。しくじった。
でも更にずん、と沈み込んだオレの様子にさすがに憐れに思ったのか、新一がさり気なく気にしているはずの身長差をまるで無いもののように手を伸ばして、よしよしと頭を撫でてくれる。


「あー、冗談だって。ンな気落ちすんなよ」
「……ホントに?」
「ああ。だってどーせ片付けはオメーだろ?」
「…………それはそうですが」


思わずキッド口調になるオレを赦せ。





でも良いんだ。
オレはただ、感謝の気持ちを伝えるだけ。
それを新一がどう受け取るかは、新一次第だ。だって今日は大切な大切な、この世でひとりの君が生まれてきた日なんだから。それくらいの自由、彼に赦されたって良い。(既に自宅をリフォームの勢いで改装されているのだし)
新一は諦めたのか受け入れてくれたのか、大人しくリビングに足を踏み入れて、ひとつひとつの飾り付けに見入っているようだった。


「……良くぞここまで」
「そこはほら、執念で」
「良さそうなもんじゃねぇな」
「良いじゃない。皆、新一が居てくれて良かったって、思ってる証拠だよ」
「その、皆って」
「ん? お昼くらいに来るって、張り切ってたよ」
「……首謀者は」
「オレ、と云いたいところだけど、もういっそ全員かな」


大変だったのだ。
そりゃあオレとしてはオレが一番に祝いたい、と思っていたし、その中にはもちろんふたりきりになりたいなんて不埒な想いが隠れていたり筒抜けだったりもしたわけだけれども、そんなオレの企みなどすっ飛ばしてまず蘭ちゃんに釘を刺された。

曰く、「昼くらい私たちに開放しなさい」、と。

いつの間にか少年探偵団だとか警察の皆さんまであわあわと集まってきてしまったわけで、一応オレが取り仕切ってみたけれど意見を纏めるのに大変だった。


でも良いとしよう。
新一が、オレの大切なひとがたくさんのひとたちに大切に思われているという事実、それはとてもすばらしいことだ。
だからオレも大人しく納得して、サプライズに加担すべく張り切りまくった。(もちろん、夜の独占権を獲得した上で!)


「パーティー用には快斗君が張り切って御馳走をつくらせていただきましたので、朝はとりあえず軽いものつくっといたから」
「……変に気が利くな」
「当たり前じゃん!」
「……ま、良いけどよ」


ポーカーフェイスを自認する名探偵の頬が緩んでいるのを、オレは目敏く発見した。
総ての感情を自己完結してしまう彼にしては珍しい、とは思ったけれど、良いことだとも思ったのでオレは黙っておく。そして心のメモリーにその表情をそっと記録した。
良いことだ。
オレのしたことを彼が歓んでくれる。良いことだ。


「……なぁ、新一」
「なんだよ」
「ありがとう!」
「如何致しまして」


ここは普通おめでとうだろう、とか、そういうのをすっ飛ばして理解してくれる新一にますます嬉しくなる。


「うん、ありがとう」
「どんな手法で来るかと実は不安で仕方なかったんだが、こうベタに来るのも良いもんだな」
「え、ホント!?」
「やりすぎな気もしなくもない、が」


ぬか歓びさせておきながら、いちいち突き落とすやり方はもう、判っている。これは新一の常套手段にして、照れ隠しだ。
いくらオレが紙一重と云われていたって、そこを突っ込むようなバカはやらかさない。だってそれでは薮蛇だ。だから替わりに、抑えきれない歓びを表情に表した。
「気味が悪ぃ」なんて悪態つく新一に、更に笑う。
良いことだ。これは、歓んでくれている証拠だ。これ以上に嬉しいことなんてあるはずがない。


ねぇホントに、オレは救われたんだよ。
新一が居るから、オレはこうして笑えるんだよ。


だから、ねぇ、ありがとう。
受け入れてくれて、ありがとう。
歓んでくれて、ありがとう。


生まれてきてくれて、ありがとう。


「……しんいち」
「んあ?」
「良い一年になると良いね!」
「新年みてーな台詞だな……まぁ良いけど。それに、そのことについては心配はない」
「え、何で?」
「何でも何も、オメーが愉しませてくれんだろ?」


ニヤリと口許を歪める、それは、彼の“仕事”のときに見せるものに近かったけれど。
ああやっぱり君は、オレを歓ばせる天才だ。


「もちろんだよ! 新一がオレを手放したくないくらいに、新一の時間を愉しく変えちゃうもんね!」
「それも手品か?」
「そう、誰にも真似できない、快斗君だけのスペシャルマジックだよ」


だけどそれこそ、タネも仕掛も無い。
必要なものは、新一を大好きだっていう気持ち、ただそれだけのスパイス。


それだけで倖せだなんて、ああ何て、人生は思ってみれば簡単なものだった。
ただそれは、ひとりぼっちだったオレが居て、唯一で絶対の君が居て、そんなオレと君とが出会えればこその話。





H a p p y B i r t h d a y ! !