其処は住宅地の中に聳える一軒の古い洋館。真夜中だと云うのに、大きな家の一室には煌々と明かりが付けられていた。 「……起きてるじゃん」 慣れた手つきで鍵の閉まった窓を楽々と開け、忍び込む。そして、すぐにリビングで読書に耽るその存在を見つけた。 「……名探偵」 一瞬戸惑ったものの、疲れて寝ているならともかく本なんぞ読み耽っていた探偵の姿を見て、捜査放ったらかして何をやっているのかと頭に来たので声を掛けた。 「……キッド……」 その探偵は一瞬驚いたような表情を見せ、すぐにいつものどうともつかない薄笑いを浮かべた。 「本日の捜査には貴方も加わるとお聞きしたのに、姿が見当たらなかったので……」 「……お前……暇なんだなー」 「は?」 「わざわざ確かめに来たんだろ?」 どうも本気で感心しているらしい。まあ、間違ってはいないのだが。 「……それで本日はどうされたのです?」 名探偵の問いに直接には答えず、それだけを告げる。 「んー……昼間事件起きて、呼び出されて疲れてっから、面倒くさいなーと思って」 「酷い……」 思わずいつもの口調にも戻るってもんである。 そんな理由ですっぽかされようとは。本気でその事件を起こした犯人と、呼び出した警部に恨みを覚えた。其処で新一を恨まない辺りが、キッドが快斗たる所以である。 「俺、楽しみにしてたのにー」 えぐえぐと泣きまねをしてみれば、新一は困ったような笑みを浮かべた。 「ンなこと言われても……。……一応、気に掛けてはいるんだな」 「何が?」 「今日行かなかったのは、お前って俺のコトどう思ってんのかって思ったのもあるから」 「え……」 いつも自分と同じ位ポーカーフェイスで本心を見せない新一にとって、爆弾発言である。 「どう、って……?」 「んー……いつも中継地点割り出して待ってはいるんだけどさ、邪魔じゃねーのかなーって思って」 怪盗相手に邪魔も何も。まして、自分はそれを心待ちにしているのである。 「ぜ、全然!! 寧ろ俺、名探偵と話すの楽しいし!」 「宝石返す手間も省けて、か?」 「う……」 そう、いつも用無しとなった宝石を、名探偵に渡して返して貰っているのである。そんな風には思っていないし、寧ろ接点を持とうと必死なわけだけど、そう云われてしまうと困る。返事に窮していると、それに気付いた新一がぷっと吹き出した。 「冗談だよ。そんな風には思ってないし」 「じゃ、じゃあ今度の捜査は絶対来いよな!」 「ああ。事件と重ならない限りはな」 「う……まあそれでもいいけど……」 あんまり良くはない。 でもそれでも一応、自分は嫌がられている訳ではないからいいか、とも思う。 ……来てくれない理由が「面倒くさいから」ってのも悲しいけど。 これ以上長居するのもどうかと思い、会話を終わらせて家へと帰る途中、妙に顔がにやけてしまう自分がいた。期待、してしまいそうになるのだ。彼と話していると。 もっと近づけないものかと。 彼と居れば、何も苦に感じない。 キッドはふと呟いた。 「……始めてみますか」 このゲームを。 自分が、黒羽快斗の姿で現れたら、彼は何て言うだろう。受け入れてくれるのだろうか。これからの展開を想像し、一人にやける。 先程とは全く違う晴れやかな気分だった。 |