思うんだ。 いつもいつも、光の結晶を月に翳す度に思うんだ。 ―――もしパンドラがサファイアだったなら、オレは壊すことが出来ないかも知れない、と。 |
「何だよ……」 静かな夜だ。 怪盗の自問など、その闇に抵抗なく吸い取ってしまう程度には。 「何なんだよ……コレはッ……!」 一体、この身に何が起きていると云うのだ。 怪盗は深く裡に突き刺さった疑問ともつかぬ叫びを、堪らずに吐き出した。 何処で誰に聴かれていようとも構わないとすら思った。 それは衝撃的で、そして何よりも鮮明に怪盗に襲い掛かり、何事にも動じないはずの怪盗紳士も流石に裡に溜め込むことは成らなかった。 (嫌がらせかよ……) 今日は己の誕生日で。 17歳の誕生日で。 大切なひとに会ってからは、初めての誕生日で。 その何よりも大切なひとが、自分を待っていてくれて。 覚えていないだろうと諦めていたところを、怪盗の大好きな笑顔で祝ってくれると云ってくれて、けれどビッグジュエルの来訪と偶然重なってしまって。 深く自問に塞ぎこんだ怪盗を、優しく送り出してくれた。―――還って来い、と。 それなのに、何故。 「何で、今更……」 何故今日に限って、パンドラが見つかってしまうというのだろう。 「しかも、サファイア……」 間違いなかった。 蒼く光るその宝玉は月の加護を一身に受けた後に煌めいて、その身の内に禍々しい赤を放った。 蒼と紅のコントラストが毒々しく、そして美しかった。 間違いなかった。 ああ本当にパンドラはあったんだ。 この手に渡ることを、ずっと待ち望んでいたと云うのか。 この、破壊者の手に。 (ああでも) 壊すことは出来ないんだよ。 だってそれは、あのひとと一緒の――― (全く一緒の、蒼いヒカリ) まして、その内に宿す紅いヒカリは、探偵として焔のついた彼の目にとても良く似ていた。 似すぎていた。 「しんいちッ……!」 「呼んだか?」 「え……?」 良く似た、けれど今は全く違うトーンの声が反射する。 それは四方の壁に、怪盗の心に、何度も何度も響き渡って、そして還ってきた。 「何で……」 「お前、なかなか帰ってこねぇし」 「あ……」 疾うに時間の流れなど忘れていた。 「今日は邪魔者もいねぇみたいだったし」 まるで特別なことを示すかのように、今日の夜は静かだった。 「様子見ついで、ここで祝うのも良いんじゃねぇかと」 新一は不敵に笑って抱えていたシャンパンを一本、その美麗な顔の前に掲げた。 「おめでとう、快斗」 はッと、怪盗―――快斗は、その何よりもの蒼に駆け寄った。 「しんいち……!」 「うん」 「パンドラがッ……」 「うん」 「本当に、あったんだ……」 「うん―――だからおめでとう、快斗」 「しんいち……?」 「プレゼントだよ、きっと」 「プレゼント……?」 「親父さんから、お前への」 「パンドラが?」 「いや……きっと盗一さんは、お前に。―――怪盗キッドの、休息を」 カイトウキッドノ、キュウソク? 「まだやるべきことはたくさんあるから解放とは云わねぇけど、楽にはなるだろ?」 「でも、サファイアで」 「うん」 「オレ、壊せなくてッ!」 「壊せない? 何で?」 「だって……蒼い……」 蒼いのは、新一と同じ。 壊せるわけがない。 この手で、砕くことが出来るわけもない。 項垂れた快斗を、新一は優しく抱き寄せた。 バカだな、という呆れたような優しい声が、聞こえた気がした。 「祝おうか、快斗」 「え……」 ポン、という音が景気良く響き渡って、一拍間の後に白いシャンパンがそこらじゅうに噴出した。 月の光を浴びて何色にも煌めくシャンパンと、その色を受ける新一の蒼と――― (ああ―――) 蒼だ。 何色にも染まらない、唯一の蒼が其処に―――この胸の、内にも。 「おめでとう、快斗」 「あ……」 「そんで、ありがとう」 生まれてきてくれて、そして、側に居てくれてありがとう。 「しん、いち……」 一体何を、恐れていたと云うのだろう。 何をどうしたところで砕けるはずもない蒼が、此処にある。 ただひとつの蒼が、側に居てくれる。 月の光を受けて、けれど染まることなく輝きつづける蒼が。 そして、その中にまた潜む、確かな決意の紅い光。 一体何が、怖かったと云うのだろう。 「新一」 「うん?」 「ありがとう」 「おう」 「本当に、ありがとう」 「まだまだ、祝い足りねぇぜ?」 ―――だから還ろう、快斗。 あくまでも穏やかにそう告げて、新一は殻の瓶を投げ渡した。 一瞬の後、瓶の破片と蒼い欠片が空に舞う。 深い紫紺の瓶と共に、蒼い破片はキラキラと光をはためかせて、四方八方に砕け散った。 それは蒼く儚く、しかし月の光を浴びると紅く力強く煌めいていた。 |
包容力のある工藤…?(違和感) とにかくハピバ! |