遠くの花






































「喜びなさい、工藤君。解毒剤が出来たわ」


そう、その幼き依り代の姿をした科学者は告げた。
但し、全くの無表情で。
彼女のポーカーフェイスはいつものこと。だからいつかくるであろうこの日のことを想像した時も、彼女のこんな物云いを想像したものだけど。


それにしては、何かが奇妙しかった。何処か、思いつめたような……そんな、搾り出したような声。僅かに潜められた眉。
ただ喜びだけが勝っていたとしたら、彼女のこの変化など気付かなかったかも知れなかった。
そんなほんの僅かなものだけど、いつもの彼女からしたら十分な変化だった。
ただでさえ、此処のところふさぎこんでいるようだったのだ。そういったことには悟いと自負している自分ならば、気付くのも当然と言えよう。
しかし、それならば自分はどういった反応を返すべきなのか。喜びたい気持ちはある。実際、その言葉だけを聞いたならば、素直に嬉しいとは思うのだ。しかし、哀のこの表情は、一体何を示すものだと言うのだろう? 思わず神妙な顔つきになってしまいそうなのを、ぐっと堪えた。もともと、ポーカーフェイスは得意な方だ。


「喜びなさい――――」


彼女は確かに、そう云ったはず。今はとりあえず、その言葉を信じていよう。


「そっか……。サンキュ。思ったより早かったな」


果たして、うまく云えているのだろうか。無表情だと云われるのはいつものこと。しかし、彼女は自分の感情を察することのできる数少ない人間の一人だ。何かを思いつめているかのような相手のこの反応。何があるのかは知らないけど、どうか、人より遥かに傷つきやすく、責任を背負いこもうとする彼女に、この動揺が伝わってしまいませんように。


「そう……そうね。早いのよね……」


哀はそう云って、自嘲的に微笑んだ。 



どうか、気付かないでください。
聡い貴方は、きっと判ってしまうでしょうけど。
まだ笑っていられるうちは、どうか気付かないでください。
その笑顔を見ていたいから。
貴方には、笑っていて欲しいから。

その「時」が来るまでは、

どうか

総てが貴方に優しく、穏やかでありますように。